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シャルル・ボードレールの肖像 (Portrait of Charles Baudelaire)

フェリックス・ブラックモン (Félix Bracquemond)

国立西洋美術館に所蔵されているフェリックス・ブラックモンによる『シャルル・ボードレールの肖像』は、1860年頃に制作されたエッチングとシン・コレ(chine collé)を組み合わせた作品であり、フランス近代詩の確立者である詩人シャルル・ボードレール(Charles Baudelaire)の姿を捉えた一枚です。

作品の姿と内容

本作は、詩人シャルル・ボードレールを主題とした縦長の肖像画です。画面中央には、少し左を向いたボードレールの胸像が描かれています。顔は、知的で内省的な印象を与える険しい表情を浮かべ、視線は鑑賞者と直接交わることなく、遠くを見つめているかのようです。彼の髪はやや乱れ気味で、顎鬚は整えられていますが、その描写からは繊細な筆致による線の重なりが感じられます。服装は、当時の男性が着用したような仕立ての良いコートを身につけており、その質感は細やかな線によって表現されています。エッチング特有の鋭い線描と、シン・コレ(chine collé)によってもたらされる紙の質感の対比が、肖像の奥行きと存在感を際立たせています。全体的に、光と影のコントラストが強く、ボードレールの精神的な深みと詩的な世界観が、この版画の小さな画面の中に凝縮されています。本作の画面サイズは縦10.2センチメートル、横7.1センチメートルであり、版のサイズは縦14.8センチメートル、横10.0センチメートルです。

背景・経緯・意図

本作が制作された1860年頃のフランスは、第二帝政下のパリが、オスマン男爵による大規模な都市改造によって近代都市へと変貌を遂げつつあった時代です。この変革期において、詩人シャルル・ボードレールは、近代詩と象徴主義の先駆者として文学界に君臨していました。彼の代表作である詩集『悪の華』は1857年に刊行され、その革新性と内容ゆえに一部が風俗紊乱(ふうぞくびんらん)の罪で起訴されるという衝撃的な出来事もありましたが、芸術家たちの間では「新しい戦慄(せんりつ)の創造」として称賛されました。 フェリックス・ブラックモンは、1833年にパリで生まれ、幼い頃から版画工房で働き始めました。 彼の才能はドミニク・アングルに学んだジョゼフ・ギシャール(Joseph Guichard)によって認められ、1852年には19歳でサロン・ド・パリに出展し、美術評論家テオフィル・ゴーティエ(Théophile Gautier)らに注目されます。 ブラックモンは、1862年にはエッチング版画家協会(Société des Aquafortistes)に入会し、銅版画の復興運動において中心的な役割を担いました。 このような時代背景のもと、ブラックモンがボードレールを肖像の主題に選んだのは、当時のパリの芸術界においてボードレールが現代性の象徴であり、また彼自身が美術批評家としても活躍していたためと考えられます。ボードレールは「現代生活の画家」などの評論を通じて、「モデルニテ(modernité)」という概念を提唱し、移ろいゆく現代の都市生活こそが芸術の主題となるべきだと主張しました。 ブラックモンは、こうした時代の最先端を行く思想家であり、芸術のあり方を問い直すボードレールの姿に共感し、その精神性を版画として刻みつけようとしたのかもしれません。

技法や素材

本作には、エッチングとシン・コレ(chine collé)という二つの版画技法が組み合わせて用いられています。エッチングは、金属版(通常は銅版)の表面に酸性の腐食に耐えるグラウンド(防蝕剤)を塗布し、ニードルでグラウンドを引っ掻いて線を描くことで金属面を露出させ、その後、酸に浸すことで露出した部分を腐食させて凹版を制作する技法です。 ブラックモンはエッチングの技術に卓越しており、生き生きとした線の使用や光と影の表現を通じて、版画を独立した芸術形式として確立することに貢献しました。 シン・コレは、エッチングやリトグラフなどの版画技法と併用される技法で、刷りの際に、版画用紙とは別に、薄くデリケートな紙(伝統的には中国、インド、あるいは日本から輸入された薄い紙が用いられたため、「chine」=中国という名称が残っています) を版画のインクが乗る部分に重ね、糊で貼り付けながらプレスすることで、厚い台紙に定着させるものです。 この技法を用いることで、通常の版画用紙では引き出すことが難しい繊細な線や細部を表現することが可能になります。また、薄い紙の色や質感が印刷された画像の下地となり、微妙な色彩や質感、半透明性を付加し、独特の階調表現や触覚的な複雑さを生み出すことができます。 本作においても、シン・コレを用いることで、通常のモノクロームのエッチングでは得られない、より豊かで繊細な表現が追求されていると推測されます。

意味

フェリックス・ブラックモンによるこの『シャルル・ボードレールの肖像』は、19世紀半ばのフランスにおける知的な雰囲気と芸術的な動向を象徴する作品と言えます。ボードレール自身が「近代詩の父」と呼ばれ、彼の詩集『悪の華』が表現する都市の憂愁、人間の内面の葛藤、そして退廃的な美意識は、当時の社会に大きな影響を与えました。 この肖像画は、単なる人物の記録に留まらず、ボードレールが体現した近代人の精神、すなわち、移ろいゆく現代の都市生活の中で感じる孤独や苦悩、そしてそこに見出す美しさといった主題を表現しようとしていると考えられます。エッチングという直接的で力強い表現が可能な技法を用いることで、ブラックモンはボードレールの鋭い知性と、彼が社会に投げかけた挑発的なメッセージを視覚的に捉えようとしたのでしょう。シン・コレによってもたらされる微細な質感の変化は、ボードレールの詩が持つ多層的な意味合いや、現代性という主題の複雑さを暗示しているとも解釈できます。

評価や影響

フェリックス・ブラックモンの『シャルル・ボードレールの肖像』に対する個別の評価は、広く知られているわけではありませんが、彼の版画作品全体、特にエッチングの分野における貢献は、美術史において高く評価されています。ブラックモンは19世紀フランスにおける「エッチング・リヴァイヴァル(エッチング復興運動)」の重要な立役者の一人であり、エッチングを単なる複製手段ではなく、独自の芸術表現として確立することに尽力しました。 彼の作品は、エドゥアール・マネ(Édouard Manet)やアンリ・ファンタン=ラトゥール(Henri Fantin-Latour)といった印象派の画家たちにも影響を与え、彼らが版画に取り組むきっかけを作りました。 また、ブラックモンは1856年頃に葛飾北斎(かつしかほくさい)の『北斎漫画(ほくさいまんが)』を発見し、その影響を受けてジャポニスムのリーダーの一人となりました。 このような背景を持つ彼の作品が、近代の思想家であるボードレールを主題としていることは、当時の芸術家たちが異文化からの影響と、自国の現代性という二つの潮流をいかに融合させようとしていたかを示唆しています。 本作品が国立西洋美術館に所蔵されていることは、美術史におけるその芸術的、歴史的価値が認識されている証拠と言えるでしょう。 ボードレールという人物の文学的・批評的影響力、そしてブラックモンという版画の革新者が、その肖像を通して交錯する様は、19世紀フランス美術の奥深さを現代に伝えています。