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パンケーキを焼く女(レンブラントに基づく) (The Pancake Woman, after Rembrandt)

フランチェスコ・ノヴェッリ (Francesco Novelli)

フランチェスコ・ノヴェッリによるエッチング作品「パンケーキを焼く女(レンブラントに基づく)」は、1789年から1836年の間に制作された、レンブラント・ハウス美術館所蔵の一枚です。この作品は、17世紀オランダの巨匠レンブラント・ファン・レインが1635年に制作した同名の版画をノヴェッリが忠実に再現したものです。

作品の姿と内容

このエッチングは、暖かく庶民的な日常の一場面を繊細なモノクロームの線で描き出しています。画面中央には、簡素な衣装をまとった女性がかがみ込み、地面に置かれた炭火でパンケーキを焼く姿が描写されています。彼女の視線は手元の調理に向けられており、その集中した様子がうかがえます。女性の周囲には、幼い子どもたちが群がっており、特に前景では、一人の子どもが食べ物を奪おうとする犬からパンケーキを懸命に守ろうとしている姿が印象的です。

画面全体には、細い線が緻密に重ねられることで豊かな陰影が表現されています。特に、背景の粗いスケッチのような線は、女性の屋台の覆いであるとも解釈されており、簡素な屋外の情景が示唆されています。レンブラントの原画が持つ、光と影の劇的な効果と、人間的な深みのある表現が、ノヴェッリの筆致によって見事に再現されています。

背景・経緯・意図

フランチェスコ・ノヴェッリが「パンケーキを焼く女」を制作した18世紀末から19世紀初頭は、ヨーロッパにおいて版画が絵画の複製手段として広く用いられていた時代です。特に18世紀には、経済力をつけた新興のブルジョワ階級が、巨匠の油彩画を飾る代わりに、その複製版画を室内の装飾として用いることが一般的でした。

ノヴェッリの意図としては、レンブラントという偉大な先人の作品を研究し、その技法や精神を学ぶことにあったと考えられます。また、当時の版画家たちは、オリジナル作品の普及だけでなく、自身の技術研鑽のために模写版画を制作することも多くありました。レンブラントは17世紀にエッチングを自立した芸術表現へと高めた画家であり、後世の多くの芸術家がそのエッチングに影響を受けています。 ノヴェッリは、レンブラントの作品を版画として複製することで、当時の人々にレンブラント芸術の魅力を伝え、その普及に貢献しようとしたと推測されます。

技法や素材

本作品は、エッチングという技法を用いて制作されています。エッチングは、銅などの金属板に耐酸性の防蝕剤(グランド)を塗布し、その上からニードルと呼ばれる尖った道具で描画することで防蝕剤を剥がし、金属面を露出させます。 その後、腐蝕液(酸)に浸すことで、ニードルで描かれた部分のみが化学的に腐蝕され、線状の溝が形成されます。 腐蝕された溝にインクを詰め、表面の余分なインクを拭き取った後、プレス機で強い圧力をかけて紙に転写することで版画が完成します。

エッチングの大きな特徴は、直接金属板を彫るエングレービングと比較して、筆や鉛筆でデッサンするような感覚で自由に線を描ける点にあります。これにより、より柔らかい筆致や即興的な表現が可能となります。 ノヴェッリは、このエッチング技法を駆使し、レンブラントが原画で表現した繊細な線の濃淡や陰影、人物の表情や衣服の質感といった細部までを忠実に再現しています。

意味

この作品がレンブラントのオリジナル版画を基にしているという事実は、複数の意味を持ちます。まず、モチーフである「パンケーキを焼く女」は、17世紀オランダの日常風景としてよく見られた光景であり、風俗画の一種として当時の庶民の生活や文化を垣間見せるものです。 パンケーキ(正確にはソバ粉で作られた「ドライ・イン・デ・パン」と呼ばれる小さなもの)を焼く女性と、それを囲む子どもたちや犬の姿は、当時の生活における食への関心や、人々のささやかな喜び、あるいは貧しい中でのたくましさを象徴していると考えられます。

さらに、この作品が「レンブラントに基づく」複製であるという点は、師匠の作品を模写することによる学習、普及、そして敬意の表明という側面を持ちます。18世紀末の時代には、オリジナル作品の創造性だけでなく、優れた作品を正確に複製する技術もまた評価されていました。ノヴェッリにとって、レンブラントの「パンケーキを焼く女」は、単なる一枚の絵ではなく、当時の人々の生活を活写する主題であり、版画における光と影の表現の模範であったと言えるでしょう。

評価や影響

フランチェスコ・ノヴェッリのような複製版画家たちは、18世紀から19世紀にかけて、当時の美術界において重要な役割を担っていました。オリジナルの絵画が限られた人々にしか見られなかった時代において、複製版画は、広く人々に芸術作品を流通させるための主要な手段でした。 ノヴェッリの作品は、レンブラントのエッチング作品が当時いかに評価され、その影響が後世に及んでいたかを示す貴重な証拠となります。

18世紀には、特にドイツの芸術家たちの間でレンブラントの版画への関心が高まり、模倣作の制作や収集活動が活発化しました。 ノヴェッリの「パンケーキを焼く女(レンブラントに基づく)」も、この潮流の中でレンブラント作品の魅力と影響力を広める一助となったと考えられます。現代においては、このような複製版画は、当時の美術作品の受容史や、版画技術の発展、そして偉大な巨匠の作品がどのように後世に継承されていったかを研究する上で貴重な資料として評価されています。国立西洋美術館で開催予定の展覧会「版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト」では、レンブラントのエッチング作品と共に、フランシスコ・デ・ゴヤやジェームズ・マクニール・ホイッスラー、オディロン・ルドン、アンリ・マティス、パブロ・ピカソといった後世の芸術家たちがレンブラントから受けた影響が紹介される予定であり、ノヴェッリの作品もこの「継承」の文脈に位置づけられるでしょう。