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〈5つの死〉 5:老人を墓に連れ込む「死」 (Death Taking an Oldman to a Tomb. Plate 5 from "Les cinq morts")

ステーファノ・デッラ・ベッラ (Stefano della Bella)

17世紀イタリアを代表する版画家ステーファノ・デッラ・ベッラによるエッチング連作『5つの死』の中から、死が老人を墓に連れ込む場面を描いた作品〈5:老人を墓に連れ込む「死」〉は、1648年に制作され、国立西洋美術館に所蔵されています。このシリーズは、あらゆる年齢や身分の人々から死が命を奪うという普遍的なテーマを寓意的に表現しています。

作品の姿と内容

画面は縦長の構図で、左から右へと進む二人の人物像を中心に構成されています。画面左手には、前かがみになり、杖をつきながらかろうじて歩く老人が描かれています。老人の顔は苦痛と諦めが入り混じったような表情を浮かべ、細い腕は力なく垂れ下がっています。彼の衣服は質素で、人生の重みに耐えかねたかのように、よれたしわが刻まれています。老人の背後には、彼を墓へと誘う「死」の擬人化された姿が立っています。死は痩せこけた骸骨のような姿で、黒くたなびく衣をまとい、片方の腕で老人の肩を抱き、まるで優しく、しかし有無を言わさぬ力で彼を導いているかのようです。死神の顔には表情らしいものはなく、ただ虚ろな眼窩が印象的です。画面の右手奥には、口を開けた墓穴が見え、その冷たい闇が避けられない終焉を暗示しています。全体的に暗く沈んだトーンで描かれており、細い線が幾重にも重ねられることで、老人の皮膚の質感や死神の衣のひだ、そして背景の陰影が巧みに表現され、静かで厳粛な雰囲気を醸し出しています。

背景・経緯・意図

本作が制作された1648年頃の17世紀ヨーロッパは、ペストの大流行や三十年戦争の終結など、死が身近な存在であった時代です。黒死病の流行を背景に、死者と生者が踊る「死の舞踏(ダンス・マカーブル)」と呼ばれる寓話や絵画が中世後期から広く流布しており、死はあらゆる身分や貧富の差を超えて平等にやってくるという死生観が根付いていました。人々は死を描くことで、その恐怖を直視し、生の Memento mori(メメント=モリ)、すなわち「死を想え」という概念を通じて、生きる意味を問い直す機会を得ていたのです。ステーファノ・デッラ・ベッラは、風景画、風俗画、祝祭の場面など多岐にわたる主題を手がけた多作な版画家ですが、パリ滞在期の後半に制作されたこの『5つの死』シリーズは、彼の作品の中でも特にシリアスな主題を扱っています。死の必然性を様々な年齢の人物に焦点を当てて描くことで、当時の社会が抱えていた普遍的な死への意識を表現しようとしたものと考えられます。メトロポリタン美術館に所蔵されている同シリーズの別作品の解説によれば、デッラ・ベッラは生前に描かれた精緻な下絵からではなく、エッチングの版上で構図を練りながら制作を進めることもあったとされており、彼の即興性と熟練した技量を示しています。

技法や素材

本作品は「エッチング」と「ビュラン」という二つの銅版画技法を組み合わせて制作されています。エッチングは、耐酸性のグランド(腐食防止液)を塗布した銅板にニードル(鉄筆)で線を描き、グランドが剥がれた部分を酸液で腐食させることで凹状の線を作る技法です。これにより、自由で流れるような描線が可能となります。一方、ビュランは、V字形の先端を持つ硬い彫刻刀で直接銅板を彫り進める技法で、鋭く、深みのある線を表現できます。 デッラ・ベッラはエッチングによる軽妙な線描と、ビュランによるシャープで力強い線を巧みに使い分けることで、老人の衰弱した肉体や死神の骨ばった姿、そして背景の陰影を細部まで緻密に描写しています。 これにより、画面全体に繊細かつ重厚な視覚効果をもたらし、主題の持つ厳粛さを一層引き立てています。彼の腐食技術の工夫や、線の表現の追求は、エッチング技術の発展に貢献したと評価されています。

意味

本作品に描かれた「死」のモチーフは、単なる肉体の終焉ではなく、メメント・モリ(死を想え)という17世紀ヨーロッパに広く浸透していたキリスト教的な教訓を象徴しています。死は、社会的地位や富に関わらず、すべての人に訪れる平等なものであるというメッセージを強く伝えています。 老人は、人生の終末期にある人間の普遍的な姿であり、死神に導かれる姿は、抗うことのできない運命を受け入れる人間の無力さ、あるいは信仰を通じて来るべき生に備えるべきという当時の人々の心情を反映していると考えられます。背景に描かれた墓は、現世の終わりであると同時に、精神的な再生や来世への移行の象徴でもあり得ます。この作品は、見る者に対し、自らの限りある生と向き合い、その意味を深く考察することを促す寓意的な意味を持っています。

評価や影響

ステーファノ・デッラ・ベッラは17世紀において最も才能豊かで多作な版画家の一人として知られています。 彼は画家としてのキャリアを持つ多くの同時代の版画家とは異なり、ほぼ専門的に版画制作に専念しました。 本作を含む『5つの死』シリーズは、彼の幅広い作品群の中でも特に道徳的かつ寓意的な主題を探求した例として位置づけられます。このシリーズは、中世以来続く「死の舞踏」や「ヴァニタス画」といった「死」をテーマとする西洋美術の伝統の中に連なり、そのテーマの普遍性から当時の人々に深く共感を呼びました。 デッラ・ベッラの繊細な線描と豊かな表現力は、後世の版画家たちにも影響を与え、銅版画技法の可能性を広げた功績は大きいと言えるでしょう。彼の作品は、17世紀ヨーロッパにおける死生観の視覚文化を理解する上で重要な資料であり、現代においても人間の生と死という根源的な問いを投げかけ続けています。