レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン、ヘルキュレス・セーヘルスの原版を改変 (Rembrandt Harmensz. van Rijn, altered from Hercules Segers)
レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レインが、先駆的版画家ヘルキュレス・セーヘルスの原版を改変して制作した版画「エジプトへの逃避」は、1652年頃の作とされ、現在、国立西洋美術館に所蔵されています。この作品は、新約聖書のエピソードを題材としながらも、レンブラント独自の解釈と革新的な版画技法が融合した、版画史においても重要な位置を占める一点です。
本作は、夜闇の中をエジプトへと逃避する聖家族の姿を描いた版画です。画面中央には、幼子イエスを抱いた聖母マリアがロバに乗り、その傍らを聖ヨセフが歩む様子が捉えられています。マリアは夜の寒さから幼子を守るように厚手の布で身を覆い、疲労と不安の入り混じった表情で鑑賞者の方へ視線を向けているように見えます。ロバは頭を低く垂らし、背を丸めて重い荷物を運ぶ様子から長旅の疲労がうかがえますが、その瞳には光が宿り、耳は周囲の暗闇に対して警戒を示しているかのようです。荷物の中には聖家族の衣服に加え、ヨセフの持つ大工道具らしきものも見受けられます。
この作品は、ヘルキュレス・セーヘルスが制作した原版をレンブラントが改変したものであり、特に画面右方に描かれていたセーヘルスによる「トビアスと天使」の部分をレンブラントが削り取り、聖家族の図へと変更しています。一方、画面左方の風景部分は、セーヘルスの原版からほとんど手が加えられていないとされます。注意深く見ると、聖家族の背後に広がる木立や手前の地面の各所には、改変前の痕跡が残されているのが確認できます。暗い画面の中に浮かび上がる人物像や風景の描写は、線の重ね方や技法の組み合わせによって深い陰影と奥行きを生み出し、油彩画のような豊かな色彩感と雰囲気を版画で表現しています。
「エジプトへの逃避」は、レンブラントが特に好んで描いた主題の一つであり、彼は1627年から1654年にかけてこのテーマで8点の版画を制作しています。本作は、レンブラントが版画表現の可能性を精力的に探求していた1650年代初頭に制作されました。
レンブラントは、版画技法における独創的な発明で知られる先駆者ヘルキュレス・セーヘルスに対して深い敬意を抱いていました。レンブラントはセーヘルスの油彩画を8点も所有していたことが知られており、さらに、本作のようにセーヘルスの版画原版そのものを入手し、自身の作品として改変するという前例のない試みを行いました。これは、単なる模倣ではなく、先輩芸術家との創造的な対話を通じて、自身の芸術を深化させようとするレンブラントの意図があったと推測されます。
作品の主題である「エジプトへの逃避」は、ヘロデ大王による幼児虐殺から逃れるため、聖家族がエジプトへ避難するという新約聖書「マタイによる福音書」に記されたエピソードです。17世紀のオランダ社会において、この物語は迫害から逃れる人々の苦難や信仰の堅固さといった、普遍的な人間の状況を象徴するものであったと考えられます。レンブラントは、夜の情景を用いることで、聖家族の旅の危険性と、未知の世界へ避難する彼らの脆弱さを強調しています。
本作には、エッチング、ビュラン(エングレーヴィング)、ドライポイントという複数の凹版(おうはん)技法が組み合わせて用いられています。
エッチングは、銅版の表面に塗られた防食膜を鉄筆で引っ掻いて絵を描き、その後酸性溶液に浸すことで、描かれた部分のみを腐食させて線を形成する技法です。この技法は自由な描線表現を可能にし、山々の稜線や草木の柔らかさ、あるいは深い陰影の表現に貢献しています。
ビュラン(エングレーヴィング)は、鋭利な刃を持つ工具「ビュラン」を直接銅版に彫り込み、深く、そして精密な線を刻む技法です。これにより、シャープで力強い表現がもたらされます。
ドライポイントは、鋼鉄製のニードルで直接銅版に傷をつける技法であり、彫り進む際に発生する金属の削りかす、いわゆる「まくれ(バー)」をそのまま残して印刷します。このまくれにインクが絡むことで、刷り上がりの線に特徴的な柔らかい滲みやベルベットのような質感が生まれます。ドライポイントのまくれは圧力に弱く、大量に刷ると摩耗してしまうため、この効果が鮮明な初期の刷りは特に貴重とされます。レンブラントはこれらの技法を巧みに組み合わせることで、腐食時間やインクの拭き取り具合を調整し、微妙な濃淡や繊細な質感の描写に成功し、版画表現の幅を大きく広げました。
また、レンブラントは、この作品を含む多くの版画で和紙を支持体として好んで使用しました。当時の日蘭貿易によって流通し始めた和紙は、西洋紙に比べてインクの吸収性が良く、耐久性に優れていただけでなく、そのほのかに黄色みがかった色調が、レンブラントが追求した温かく神秘的な光の描写に適していたため、ドライポイントのデリケートな効果をより忠実に引き出すことができたと考えられています。
この版画は、セーヘルスの原版にレンブラントが手を加える過程で、7段階の版の状態(ステート)が存在することが確認されており、特に聖母子を中心とした部分と中央の遠景に変更が加えられています。
作品の主題である「エジプトへの逃避」は、キリスト教美術において古くから描かれてきた重要なテーマです。これは、神の子イエスが誕生した直後、ユダヤの王ヘロデ大王が救世主の出現を恐れ、ベツレヘムとその周辺の2歳以下の男児を全て殺害するよう命じた「幼児虐殺」から逃れるため、養父ヨセフが天使のお告げを受け、聖母マリアと幼子イエスを連れて夜のうちにエジプトへ避難したという物語に基づいています。
この物語は、幼子イエスの命が脅かされるという極めて脆弱な状況を描きながらも、神の摂理と保護によって聖家族が無事に避難する様子を通して、信仰の堅固さ、そして希望と救済の象徴として読み解かれてきました。また、家族が故郷を離れ、安住の地を求めて困難な旅をする姿は、迫害や流浪といった普遍的な人間の経験を表現しており、当時の人々にとっても深い共感を呼んだと考えられます。レンブラントがこの主題を繰り返し描いたのは、そのドラマティックな場面設定だけでなく、光と影の表現を通じて、人間の内面的な葛藤や精神性を深く追求する彼の芸術的探求と合致したためと推察されます。夜の情景は、聖家族が直面する危険と孤独を強調すると同時に、闇の中にわずかに差し込む光が、神の導きや希望の光を象徴しているとも解釈できるでしょう。
レンブラントによる「エジプトへの逃避」は、彼の版画作品群の中でも特に、その卓越した技法と表現力によって高い評価を受けています。レンブラントはヘルキュレス・セーヘルスという偉大な先駆者の原版を改変することで、単に既存の作品を模倣するのではなく、彼自身の芸術的ヴィジョンと独創性を加えることに成功しました。セーヘルスが版画技法に多様な革新をもたらした独創的な版画家である一方で、レンブラントもまた、エッチングの可能性を大きく広げた版画の巨匠として美術史にその名を刻んでいます。
彼の版画は、しばしば「油彩画以上に色彩豊か」と評されるほど、明暗のコントラスト(キアロスクーロ)を巧みに操り、深い精神性と感情を表現することに成功しました。特に、ドライポイント技法で生じるまくれを活かした柔らかい描線や、和紙の使用によって得られる独特の暖かな色調と光の描写は、彼の版画作品に唯一無二の深みと雰囲気を加えています。
レンブラントの版画芸術は、生前から高い評価を得ていましたが、没後もその影響は広範に及びました。17世紀のオランダ国内やイタリア、18世紀のドイツで彼の作品への関心が高まり、特に19世紀には「エッチング・リヴァイヴァル」と呼ばれる現象が起こり、エッチング技法そのものの再評価とともにレンブラントへの熱狂的な関心が高まりました。フランシスコ・デ・ゴヤ、ジェームズ・マクニール・ホイッスラー、オディロン・ルドン、アンリ・マティス、パブロ・ピカソといった後世の多くの芸術家たちがレンブラントの版画からインスピレーションを受け、その技法や表現を自身の作品に取り入れることで、版画史におけるレンブラントの永続的な影響を示しています。本作「エジプトへの逃避」も、レンブラントのこうした芸術的探求と影響力を示す重要な作品の一つとして、美術史において確固たる地位を築いています。