歌川国芳 / Utagawa Kuniyoshi
歌川国芳(うたがわくによし)による「猫の當字(あてじ)」シリーズの一点、「かつお」は、江戸時代後期の庶民の生活と知的な遊び心を鮮やかに映し出す、風刺とユーモアに満ちた浮世絵である。この作品は、可愛らしい猫たちが巧みに配置されることで、人気食材である「かつお」の文字が表現されており、国芳の卓越した構図力と機知に富んだ発想が凝縮されている。
画面の中央には、様々な姿勢をとる複数の猫たちが、あたかも一つの生命体であるかのように集まり、漢字の「鰹」の字を象形文字のように形成している。まず、漢字の左側の魚へん(魚)にあたる部分は、三匹の猫によって構成されている。最も上には、体を丸めて横たわる黒っぽい猫が、頭から尾にかけて柔らかな曲線を描き、魚の頭部から胴体部分を象っている。その下には、二匹の猫が向き合うように配置され、それぞれが魚の尾びれや腹びれのような形状を補完している。特に、一匹は前脚を伸ばし、もう一匹は体をひねることで、まるで魚のヒレのような動きと軽やかさを表現している。 次に、漢字の右側の「堅」の部分は、より複雑な猫たちの絡み合いによって作り出されている。画面の奥側、左肩を上げた猫は、その毛並みの明るい色が際立ち、文字の縦画の一部を担っている。その猫の足元には、腹を見せて仰向けになった猫や、座り込む猫、そして尻尾を高く持ち上げた猫など、多種多様な毛色とポーズの猫たちが有機的に配置され、文字の横画や点画を巧みに表現している。それぞれの猫は、単独で見ても生き生きとした表情や動きを見せながらも、全体として一つの文字を構成する不可欠な要素として機能している。色彩は、白、黒、茶、グレーなど、猫の自然な毛色が中心でありながらも、個々の猫の毛艶(けづや)や陰影が丁寧に描かれ、平面的な浮世絵の中に豊かな質感と奥行きを与えている。背景は比較的シンプルに抑えられ、猫たちが織りなす文字の造形が際立つよう配慮されている。
江戸時代後期、特に天保(てんぽう)年間(1830年~1844年)に広まった天保の改革(てんぽうのかいかく)は、奢侈(しゃし)禁止令として役者絵や美人画、豪華な錦絵(にしきえ)の制作を厳しく制限した。このような時代背景の中で、浮世絵師たちは表現の自由が奪われる危機に直面したが、同時に、規制の目をかいくぐるための創意工夫を凝らすようになった。歌川国芳もその一人であり、直接的な風刺や批判を避けつつも、庶民の日常に根差したユーモアや視覚的な遊びを通じて、当時の社会状況を反映する作品を数多く生み出した。 「猫の當字」シリーズは、まさにこの天保の改革期における国芳の機知に富んだ対応策の一つであった。猫という動物は、当時の江戸の町で非常に身近な存在であり、庶民に広く愛されていた。また、国芳自身が大の猫好きとして知られ、常に工房に数匹の猫を飼っていたと伝えられるほど、猫への深い愛情と観察眼を持っていた。彼は、猫たちを擬人化したり、人間社会の出来事になぞらえたりすることで、検閲をすり抜けながらも社会風刺や遊び心を満たす表現を追求した。この「かつお」も、猫たちが人気食材の文字を形成するという、庶民にとって親しみやすい題材を用いることで、当局からの摘発を回避しつつ、見る者に知的な喜びと笑いを提供しようとする意図が込められていたと考えられる。
本作品は、江戸時代に確立された多色摺(たしょくずり)の木版画、すなわち錦絵(にしきえ)の技法によって制作されている。まず、絵師である国芳が肉筆で描いた下絵(版下絵)を、彫師が桜材などの堅い木版に転写し、墨の線画を彫り出す「主版(おもはん)」を作成する。次に、色ごとに分版された複数の「色版(いろはん)」が彫られ、それぞれの版に異なる顔料(がんりょう)が塗布される。使用された顔料は、植物由来の藍(あい)や紅(べに)、動物由来の胡粉(ごふん)、鉱物由来の群青(ぐんじょう)や黄土(おうど)など、当時の日本で入手可能な自然素材が中心である。 そして、これらの版を和紙(わし)、特に丈夫で吸水性に優れた楮紙(こうぞがみ)に、摺師(すりし)がばれんを用いて一枚一枚丹念に摺り重ねていくことで、豊かな色彩と繊細なグラデーションが表現された。国芳は、従来の役者絵や美人画で培われた高度な彫りや摺りの技術を駆使しつつも、擬人化された動物たちの毛並みの柔らかさや立体感を表現するために、墨の濃淡やぼかし、または「空摺(からずり)」(インクをつけずに版木を押し当てて凹凸を表現する技法)といった工夫を凝らしたと推測される。これにより、猫たちの質感と存在感が強調され、単なる遊び絵に留まらない芸術的な深みがもたらされている。
本作品における最も直接的な意味は、複数の猫が寄り集まって「かつお」という漢字を形成している、という視覚的なパズルとしての面白さにある。当時の江戸庶民は、このような判じ絵(はんじえ)や絵文字といった言葉遊びや視覚的な謎解きを好んでおり、それは知的好奇心を刺激し、日常の娯楽の一つとして楽しまれていた。 さらに深く読み解けば、猫というモチーフには複合的な意味が込められている。猫は、江戸の町で福を招く動物として、また魔除けとしても信じられていた一方で、気まぐれで自由奔放な性質を持つ動物としても認識されていた。国芳が大の猫好きであったことはよく知られており、彼が猫を題材に選んだこと自体に、当時の社会状況に対するある種の反骨精神や、自由な精神への希求が込められていた可能性も考えられる。 また、「かつお」という題材は、庶民にとって身近で、当時人気の高い食材であった。飢饉や物価高騰が頻繁に起こった時代において、美味しそうな魚の文字を猫で表現することは、ささやかな豊かさや日常の喜びへの憧れを象徴していたとも解釈できる。この作品は、検閲によって直接的な表現が制限される中で、日常生活に根差した題材と動物たちの姿を借りて、知的なユーモアと社会へのメッセージを巧みに織り込んだ、複合的な意味合いを持つ作品と言えるだろう。
歌川国芳の「猫の當字」シリーズは、発表当時から庶民の間で大変な人気を博した。厳しい検閲下で、露骨な風刺が難しい状況において、知的な遊びとユーモアに満ちたこの種の作品は、人々に束の間の笑いと娯楽を提供した。国芳は、浮世絵が持つ大衆芸術としての役割を深く理解し、時代ごとの要請に応じた斬新なテーマと表現方法を常に模索していたため、その創造性は同時代の浮世絵師の中でも際立っていた。 現代においては、この作品は国芳の代表的なシリーズの一つとして高く評価されている。彼の猫に対する深い愛情と、擬人化された動物に人間社会の様々な側面を映し出すその才能は、現代のキャラクター文化や風刺表現にも通じる普遍的な魅力を持つ。また、限られた表現手段の中でいかにしてメッセージを伝え、人々を楽しませるかという、芸術家としての矜持(きょうじ)と機転の象徴としても位置づけられている。 後世の芸術家や漫画家にも、国芳の擬人化表現や視覚的な遊び心は多大な影響を与えた。現代日本のアニメや漫画、キャラクターデザインにおける動物の擬人化表現のルーツの一つとして、彼の作品群、特に猫を題材としたユニークな発想は、しばしば言及される。美術史においては、天保の改革期の浮世絵表現の多様性と、検閲に対する芸術家の抵抗と順応の事例を示す重要な作品として、その価値を不動のものとしている。