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『日本の絵画芸術』

ウィリアム・アンダーソン / William Anderson

ウィリアム・アンダーソンによる『日本の絵画芸術』は、1886年にロンドンとボストンで刊行された、西洋人によって書かれた最初の本格的な日本美術史研究書です。外科医でありながら、日本美術の優れた収集家および研究者であったアンダーソンが、日本での滞在経験と膨大なコレクションに基づいてまとめ上げた、当時の西洋における日本美術理解の基礎を築いた記念碑的な著作と言えます。この書籍は、ジャポニスムが盛んだった時代において、単なる異国趣味を超えた、体系的な日本美術の紹介を試みた点で重要な意味を持ちます。

作品の姿と内容

『日本の絵画芸術』は、全体で約276ページにわたり、大型のフォリオ判(約29.0 cm x 41.0 cm)で出版されました。書籍は大きく五つのセクションに分かれ、それぞれに半題(ハーフタイトル)が付されており、通し番号が振られたページとは別に構成されています。特筆すべきは、全80点の図版が収録されており、そのうち16点が多色刷りのクロモリトグラフである点です。これらは、線画の挿絵が印刷されたガードシートを伴い、その裏面には詳細な解説文が添えられています。また、本文中にも146点もの追加の挿絵が掲載されており、視覚的な情報が豊富に盛り込まれています。書籍の装丁は、赤、金、黒で型押しされた絵柄入りの緑色の布製ボードと、茶色のモロッコ革製背表紙で構成され、隆起したバンドが特徴的でした。これらの図版は、日本絵画の様々な流派や主題、技法を西洋の読者に紹介するための重要な役割を果たしました。特に、浮世絵や琳派、そして中国や朝鮮の絵画芸術にまで言及し、広範な視点から「絵画芸術」を捉えています。

背景・経緯・意図

本書の著者であるウィリアム・アンダーソンは、1842年にロンドンで生まれ、外科医として教育を受けました。1873年から1880年まで、明治政府の招聘(しょうへい)により海軍医学校の解剖学と外科の教授として東京に滞在しました。この7年間(1873年から1880年)の日本滞在中に、彼は日本美術に深く傾倒し、膨大な数の日本および中国の絵画、版画、美術品を収集しました。アンダーソンが帰国した1880年代は、西洋においてジャポニスムが熱狂的に流行していた時期であり、日本の美術品が万国博覧会などを通じて欧州に流入し、印象派の画家たちにも大きな影響を与えていました。しかし、当時の西洋における日本美術の理解は、浮世絵や装飾品といった異国趣味的なものに留まりがちで、体系的な美術史として捉えられてはいませんでした。

アンダーソンは、自身の豊富な滞日経験と収集品に基づき、日本美術を単なる興味の対象としてではなく、歴史的背景や様式、技法に裏付けされた本格的な美術として西洋に紹介することを意図しました。彼は、1879年に日本アジア協会の会合で「日本美術の歴史」と題する講演を行っており、本書はその内容を発展させたものと考えられます。彼の活動は、日本美術の総合的な研究の萌芽(ほうが)であり、当時の日本においてもまだ確立されていなかった「日本美術史」という概念を、西洋の視点から最初に提示した試みと言えます。

技法や素材

『日本の絵画芸術』は、ウィリアム・アンダーソンが収集し、本書で紹介した日本美術作品における多様な技法と素材について詳細に記述しています。絵画においては、絹本(けんぽん)や紙本(しほん)といった支持体の特性、水墨画(すいぼくが)や大和絵(やまとえ)、浮世絵(うきよえ)に見られる様々な彩色技法、筆致(ひっち)や構図(こうず)の特徴などが分析されています。特に、遠近法(えんきんほう)や明暗法(めいあんほう)といった西洋絵画の規範とは異なる、日本絵画独自の空間表現や色彩感覚についても言及しています。例えば、真の中国および日本美術における線遠近法の欠如や、平行遠近法、建物の屋根を省略して内部を描く手法、水平線の高低差の表現、雲、霧、雨、雪の描写、夜景、そして恣意的な光の表現などが挙げられています。また、竹、梅、桃、松などの樹木や花、昆虫、魚、鳥、馬、猿などの動物の表現についても詳しく論じています。

書籍自体の制作においては、19世紀後半の高度な印刷技術が用いられています。特に、多色刷りのクロモリトグラフやコロタイプ写真、さらには日本の木版画が組み合わされて図版として掲載されており、当時の出版物としては非常に豪華なものでした。これらの多様な図版の導入は、日本の絵画芸術の色彩や細部を西洋の読者に正確に伝えるためのアンダーソンならではの工夫であり、当時の出版技術の粋を集めたものと言えます。

意味

『日本の絵画芸術』は、西洋における日本美術の理解と評価を根本から変えたという点で、極めて重要な意味を持ちます。本書以前、日本の美術はしばしば異国趣味(ジャポネズリー)の対象として、表面的な装飾性や目新しさが注目されるに過ぎませんでした。しかしアンダーソンは、日本の絵画を歴史的文脈の中で捉え、その様式や流派、哲学を体系的に解説することで、西洋の美術史学における日本美術の位置づけを確立しようと試みました。

彼は、日本の絵画芸術が中国や朝鮮の美術との関連性を持ちながらも、独自の発展を遂げてきたことを示し、その多様な表現形式や精神性を西洋の読者に伝えました。本書は、単に作品を紹介するだけでなく、日本美術の根底にある美意識や思想、文化的な背景にまで踏み込むことで、表面的な理解を超えた深い洞察を促しました。これにより、日本美術は西洋の美術愛好家や研究者にとって、本格的な研究対象として認識される契機となりました。

評価や影響

『日本の絵画芸術』は、刊行当時から「日本絵画芸術に関する画期的な作品」と評され、その美しさも高く評価されました。西洋で書かれた最初の本格的な日本美術史であり、日本人自身による初の日本美術史である『稿本日本帝国美術略史』が発表される約20年前に出版された点も、その先見性を示すものです。

アンダーソンのこの著作は、フランスのルイ・ゴンスによる『日本美術史』と並び、ジャポニスム期の西洋における日本美術研究を代表する書籍として位置づけられています。彼の収集した2000点以上の日本および中国の絵画コレクションは、1881年に大英博物館に購入され、同館の日本美術コレクションの中核をなしています。また、約2000点に及ぶ日本の絵入り木版刷りの書籍コレクションも大英博物館(現在は大英図書館)に売却され、その後の研究の基礎となりました。

本書は、1896年には末松謙澄(すえまつけんちょう)によって『日本美術全書』として日本語訳(抄訳)が出版され、日本国内の浮世絵師研究にも大きく貢献しました。このように、アンダーソンの研究は、西洋のみならず日本においても、自国の美術史を体系的に捉える機運を高め、その後の日本美術史研究の萌芽を促しました。近年では、彼の日本美術コレクションやその影響に関する研究が多角的に進められており、2026年には東京都美術館の開館100周年記念特別展として、彼が築いた大英博物館の日本美術コレクションを中核とした「百花繚乱:海を越えた江戸絵画」が開催される予定であり、アンダーソン再評価の動きが高まっています。