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大牟田貯炭場

江上茂雄

福岡県大牟田市を拠点に活動した画家、江上茂雄(えがみ・しげお)による木版画作品「大牟田貯炭場」は、自身が生まれ育ち、長年勤め上げた炭鉱のまちの風景を主題とした連作『大牟田五十景』のうちの一枚です。本作は、三井三池炭鉱の石炭産業で栄えた大牟田の、象徴的な工業景観を夕景の中に捉え、作家の故郷への深い眼差しが込められた作品と言えるでしょう。

作品の姿と内容

画面全体には、日没の光に染まる大牟田の貯炭場の広大なパノラマが広がります。画面中央には、黒々と積み上げられた石炭の山々が連なり、その量感が、この地がかつて日本の産業を支えた炭都であったことを雄弁に物語っています。夕陽の低い光が、石炭の表面に複雑な陰影を落とし、硬質な質感と奥行きを与えています。石炭山の合間には、石炭の運搬や積み込みに用いられたと見られる、機械的な構造物やベルトコンベアの骨組みが、シルエットとなって屹立(きつりつ)しています。これらの無機質な構造物は、夕焼けの空を背景に、どこか荘厳な雰囲気を醸し出しています。空は、画面上部から水平線に向かって、深い青から燃えるような赤、そして柔らかなオレンジ色へとグラデーションをなし、一日が終わる静けさと、一方で産業の熱気を帯びたエネルギーが交錯するような印象を与えます。木版画特有の簡潔で力強い線描と、重ね摺りによって表現された色彩の深みが、工業風景の重厚さと夕暮れの叙情性を巧みに両立させているのが特徴です。

背景・経緯・意図

江上茂雄は、1912年に福岡県に生まれ、幼少期に大牟田市へ転居しました。15歳で三井三池鉱業所の建築課に入社し、以来45年間、会社員として勤めながら、絵画制作を続ける、いわゆる「日曜画家」でした。本作「大牟田貯炭場」が制作された1972年頃は、彼が60歳で会社を定年退職する時期にあたり、自身の人生の大きな転換期と重なっています。 この時期、江上は長年親しんだ大牟田の風景を木版画で表現する『大牟田五十景』という連作に取り組みました。高度経済成長期を経て、産業構造が大きく変貌しつつあった当時の日本において、石炭産業は斜陽を迎え、大牟田の炭鉱も閉山が相次いでいました。かつて日本の近代化を支えた炭都の風景が失われゆく中で、江上は自らが半生を過ごしたまちへの愛情と、変わりゆく風景への鎮魂の思いを込めて、この連作を制作したと推測されます。貯炭場は、三井三池炭鉱で採掘された石炭が船に積み込まれるのを待つ場所であり、大牟田の産業を象徴する重要な施設でした。そのような風景を丹念に描き残すことで、江上は自身の記憶と、まちの歴史を次世代に伝えることを意図したと考えられます。

技法や素材

「大牟田貯炭場」は、木版画として制作されています。木版画は、版木を彫り、そこに絵具を塗布して紙に摺(す)り重ねることで、版の形に応じた明確な線や面、そして独特の質感を生み出す技法です。江上は、この技法を全て自身の手作業で行ったとされており、彫り跡や木目が作品の表現に影響を与え、力強くも温かみのあるマチエール(絵肌)を生み出しています。複数の版木を用いる多色摺り(たしょくずり)によって、夕焼けの空や石炭の深みのある黒など、豊かな色彩表現が実現されています。版木を彫る行為そのものが、対象への深い観察と物理的な関わりを伴い、風景に対する作家の真摯(しんし)な姿勢を反映していると言えるでしょう。

意味

貯炭場というモチーフは、単なる工業施設ではなく、大牟田の歴史そのものを象徴する存在です。福岡県の筑豊(ちくほう)と並び、三井三池炭鉱を中心とした大牟田は、明治から昭和にかけて日本の近代化と経済発展を支えた重要な石炭産業都市でした。貯炭場に積み上げられた石炭は、「黒いダイヤ」と呼ばれ、日本のエネルギー供給を担い、多くの人々の生活を支えてきました。本作に描かれた夕焼けの光景は、一日の終わり、あるいは一つの時代の終焉(しゅうえん)を暗示するとともに、残照の中に産業の遺産が持つ、ある種の美しさや尊厳をも表現していると考えられます。江上は、日々の暮らしの中で見慣れた風景の中に、時代が内包する意味や、人々の営みの重みを読み取り、それを作品に昇華させようとしたと言えるでしょう。

評価や影響

江上茂雄の作品、特に大牟田の風景を描いたクレパス画や木版画は、彼の没後、郷土の貴重な記録として再評価が進んでいます。生前は「日曜画家」あるいは「路傍(ろぼう)の画家」と呼ばれ、独学で創作を続けた存在でしたが、その驚異的な制作点数(約20,000点)と、身近な風景へのひたむきな眼差しは、美術関係者や鑑賞者に深い感銘を与えています。 『大牟田五十景』シリーズは、炭鉱の閉山に伴い失われゆく大牟田の風景を記録した貴重な作品群として、地域史料的な価値も高く評価されています。2013年には福岡県立美術館などで大規模な江上茂雄展が開催され、その画業が広く紹介されました。また、2026年には東京都美術館開館100周年記念展「この場所の風景―上野・大牟田・ブエノスアイレス」において、大牟田のセクションで江上茂雄の作品が特集されるなど、その評価は全国的に高まりを見せています。江上の作品は、特定の美術潮流に属するものではありませんが、郷土の風景に根差した個人的な表現が、普遍的な共感を呼ぶ稀有(けう)な例として、美術史においても独自の位置を占めています。