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室内習作

江上茂雄

江上茂雄(えがみ・しげお)の「室内習作」は、生涯にわたり身近な風景や事物を独自の感性で描き続けた画家の、初期あるいは画材探求期における内省的な制作の一端を垣間見せる作品である。専門教育を受けることなく、会社勤めの傍ら「日曜画家」として絵筆を握り続けた江上の、絵画への純粋な情熱と探求心が込められていると考えられる。

作品の姿と内容

本作「室内習作」がどのような視覚的様態を持つかは直接的に記述された情報が少ないものの、江上茂雄が「身近な眺め」を主なモチーフとし、クレパスやクレヨンを塗り重ねることで独特のマチエール(質感)を生み出したその画風から推測すると、静かで落ち着いた室内空間が描かれていると想像される。例えば、薄暗い部屋の片隅に置かれた家具や、窓から差し込む一筋の光が床や壁に落とす陰影、あるいは卓上の静物などが、克明かつ質感豊かに表現されている可能性が高い。全体の構図は、特定のモチーフに焦点を当て、その形態や量感を捉えることに主眼が置かれていると推測される。色彩は、室内の光の具合によって、暖色系や寒色系が抑えめに用いられつつも、クレパスやクレヨンの重層的な塗りが生み出す深みのある色調が、画面全体に落ち着きと同時にある種の存在感を与えていると考えられる。物体表面の質感は、乾いた筆致や絵具の厚みによって表現され、触覚に訴えかけるようなリアリティを感じさせるだろう。

背景・経緯・意図

江上茂雄は1912年に生まれ、15歳で三井三池鉱業所建築課に入社し、以後45年間会社員として勤め上げながら絵画制作を続けた「日曜画家」である。彼は幼少期に父親を亡くし、母子家庭で育った厳しい生い立ちの中で、自然や絵画に心の拠り所を見出したとされる。このような背景から、彼にとって絵を描くことは単なる趣味を超え、自己表現であり、精神的な安定をもたらす行為であったと推察される。

「習作」と題された本作は、作家が自身の技法や表現を確立しようと試みていた時期に制作されたと考えられる。油絵の具が高価で手に入りにくかった時代において、彼はクレパスやクレヨンを油絵のような質感を生み出す画材として独自に探求し、その表現の可能性を広げていった。この「室内習作」は、限定された環境の中で光の捉え方、空間構成、質感表現といった絵画の基本的な要素を探るための、真摯な試みであったと解釈できる。自宅や身近な場所を題材とすることで、時間や経済的な制約の中でも、絵画への情熱を継続させるための重要なプロセスであったと考えられる。

技法や素材

「室内習作」は、江上茂雄が「日曜画家」時代に主要な画材としていたクレパス・クレヨンによって制作されたと推測される。彼はこれらの画材を紙の上に幾層にも塗り重ねることで、独自の厚みと質感を伴うマチエールを生み出すことに長けていた。この技法は、水彩画が持つ「弱さ」を克服し、より力強い表現を追求したいという彼の思いから生まれたもので、油絵にも匹敵する重厚な画面効果を狙っていたとされる。

クレパスは顔料と固形ワックス、そして液体油などを混ぜ合わせた画材であり、クレヨンよりも柔らかく、線描だけでなく面描にも適している。江上は、この特性を活かし、色彩を複雑に混ぜ合わせたり、力強く押し付けるように塗ったりすることで、光と影の繊細なニュアンスや、対象物の持つ固有の質感を表現したと考えられる。また、紙という支持体の上でこれらの画材を用いることで、支持体の微妙な凹凸が絵具の乗り方に影響を与え、独特の深みのある表面効果が生まれていたと推測される。

意味

本作が「習作」と銘打たれていることから、その第一義的な意味は、作者自身の絵画的探求と技術習得にある。しかし、江上茂雄の作品全体に共通するテーマ、すなわち「身近なものへの眼差し」や「日常の肯定」という視点から見ると、単なる練習以上の意味が込められている。室内の風景は、作者にとって最も身近であり、個人的な生活と密接に結びついた空間である。そこを描くことは、自己の内面と向き合い、静かな観察を通じて世界の豊かさを再認識する行為であったと考えられる。

また、彼の作品がしばしば観る人に「親密さ」を感じさせると評されるように、この「室内習作」も、特定の個人的な空間を描くことで、普遍的な人間の営みや感情を想起させる象徴的な意味を持ち得る。厳しい社会情勢や労働の中で、彼が絵画制作を通じて得た内面の平穏や充実感が、この作品の静かなたたずまいの中に表現されていると解釈することも可能である。

評価や影響

江上茂雄は、生涯に2万点以上もの作品を制作した驚異的な多作家でありながら、その大半を会社員としての仕事の傍らで描き続けた「アマチュア画家」であった。彼の才能が広く知られるようになったのは、2010年に家族によって作品集が自費出版されたことをきっかけに、100歳を超えてから福岡県立美術館などで大規模な回顧展が開催されて以降である。

「室内習作」のような初期の、あるいは技法探求期の作品は、彼の画家としての出発点と成長の過程を示す重要な位置づけにある。彼の作品は、その独特なクレパス・クレヨンによるマチエールと、身近な風景や日常を深く見つめる姿勢が高く評価されている。美術の専門教育を受けず、独学で独自の表現を確立したその軌跡は、多くの人々に感動と共感を与え、美術史における「アウトサイダー・アート」や「独学の画家」の文脈で再評価が進んでいる。特に、定年退職後に「路傍の画家」として一日一枚の写生を続けた逸話は、彼の絵画への飽くなき情熱を象徴しており、その初期の「習作」もまた、その途方もない創作活動の萌芽として、今日でも大きな意味を持つ。