岡本唐貴
洋画家、岡本唐貴(おかもととうき)が1926年に制作した油彩画「丘の上の二人の女」は、彼の初期前衛美術活動における重要な一点です。大正期における新興美術運動の中心人物の一人であった岡本が、既存の芸術概念を否定し、新たな表現を追求した「造型(ぞうけい)」期の代表作として、現在、東京都現代美術館に収蔵されています。
本作は、縦234センチメートル、横162センチメートルという大画面に描かれた油彩画です。 具体的な画像は公開されていませんが、作者が同時期に「造型」展に出品した作品「海と女」の描写から推測すると、本作においても、画面には量感が強調され、逞しさすら感じさせる人物像が描かれていると考えられます。特に、目鼻立ちがくっきりと表現され、異様に大きな目が特徴的に捉えられている可能性が高いです。 二人の女性が丘の上に配置される構図は、立体派や未来派といった西洋の最新美術動向の影響を受けつつ、非現実的な空間構成や象徴的な表現が試みられていると推測されます。色彩は、当時の前衛芸術に特徴的な鮮やかさと力強さを持っていたと想像され、見る者に強い印象を与えるような構成であったと考えられます。
岡本唐貴は1903年に岡山県で生まれ、大正から昭和にかけて日本の洋画界で活躍しました。 彼は1922年に東京美術学校彫刻選科に入学後すぐに退学し、1923年には第10回二科展に初入選を果たすなど、若くして画家としての頭角を現します。 本作が制作された1926年は、岡本が矢部友衛(やべともえ)、浅野孟府(あさのもうふ)らとともに美術団体「造型」を結成した翌年にあたります。 「造型」は、「芸術はすでに否定された。今やそれに代わらんとするものは新しい『造型』である」という宣言文を掲げ、キュビスムや未来派、ダダイスム、シュルレアリスムといった当時のヨーロッパで勃興していた前衛芸術の潮流を積極的に取り入れ、既成概念にとらわれない独自の表現を模索していました。 このような背景から、「丘の上の二人の女」もまた、西洋の前衛美術運動の受容と日本における独自の展開を試みる、岡本の意欲的な探求の成果として制作されたと考えられます。当時の社会は、大正デモクラシーの終焉を迎え、思想や文化の面で多様な動きが見られましたが、その一方で、海外からの新しい思想や芸術が急速に流入し、多くの若き芸術家が自身の表現を模索していました。 岡本もまた、このような時代の中で、芸術の新たな可能性を追求する明確な意図を持っていたと推測されます。
「丘の上の二人の女」は油彩でカンヴァスに描かれています。 この技法は、当時の洋画において主流であり、豊かな色彩表現と物質感の追求に適していました。岡本唐貴が所属した「造型」の活動に見られるように、この時期の作品にはキュビスムや未来派の影響が強く見られ、対象を多角的に捉えたり、運動感を表現したりする技法が用いられたと考えられます。 同時期の作品である「海と女」では、赤外線分析によって目の大きさや位置など、何度も描き直された下書きの線が確認されており、これは作者が構図や人物表現において試行錯誤を重ね、細部にわたる工夫を凝らしていたことを示唆しています。 「丘の上の二人の女」においても、同様に、形態の量感や色彩の対比を通じて、画面に力強い造形美を生み出すための工夫がなされていたと推測されます。
作品のモチーフである「丘の上の二人の女」が持つ具体的な意味については、現存する資料からは明確に読み取ることができません。しかし、岡本唐貴が属した「造型」が、従来の芸術の否定と「新しい造型」の探求を掲げていた点を踏まえると、本作の二人の女性像は、単なる写実的な人物描写にとどまらず、新しい時代や芸術の萌芽、あるいは作者の内面的な思想を象徴する存在として描かれた可能性があります。 「丘の上」という設定は、一般的な日常の風景とは異なる、象徴的な空間を暗示していると解釈できます。意識と無意識の境界を探求するシュルレアリスムの影響も受けていた岡本にとって、この舞台は現実を超越した、あるいは深層心理の世界を表現するための場であったとも考えられます。 女性像が持つ量感や力強さは、当時のプロレタリア美術運動へと向かう岡本の思想的背景の萌芽、すなわち人間や社会の力強さへの関心を示唆している可能性も推測されます。
「丘の上の二人の女」は、岡本唐貴が日本の前衛美術運動において活躍した初期の重要な作品であり、特に「造型」期の表現を示すものとして美術史的に高い価値を持ちます。 岡本は、大正後期から昭和初期にかけて、西洋の最新の美術動向を日本に紹介し、実践する役割を担いました。彼の活動は、「アクション」や「三科造形美術協会」、そして「造型」といった前衛芸術グループの中心人物として、日本の近代美術の発展に大きく寄与しています。 この時期の彼の作品群は、後にプロレタリア美術運動へと転向する岡本の思想的、様式的変遷を理解する上で不可欠な位置を占めています。 同時代の美術家たち、特に「造型」のメンバー間では、共通の表現意識や技法を共有し、互いに影響を与え合いながら日本の前衛芸術の潮流を形成していきました。 今日、東京都現代美術館に収蔵されているという事実は、この作品が日本の近現代美術史における岡本唐貴の功績と、当時の前衛美術の展開を語る上で重要な意味を持つことを示しています。