間所(芥川)紗織
前衛の女性画家として知られる間所(まどころ)(芥川(あくたがわ))紗織(さおり)が1955年に制作した作品《女(おんな)XI》は、彼女の代表的な「女」シリーズの一点であり、自身の内面や社会への眼差しを象烈(しょうれつ)な表現で提示しています。本作品は、1955年の第40回二科展に出品され、特待賞を受賞するなど、当時の美術界に強い印象を与えました。現在、東京都現代美術館に所蔵されています。
画面の中央には、一人の女性像が大きく、そして力強く描かれています。その姿は、簡潔な線と大胆な色彩で構成され、人物を植物的な形態や抽象的な線でユーモラスかつエネルギッシュに表現する紗織の初期の画風を特徴づけています。 大きく開かれた口は叫びや笑い、あるいは驚きを示唆し、逆立つ髪の毛は感情の激しさを伝えます。 彩色は鮮やかでありながら、多くは2、3色に限定されており、その対比が強いコントラストを生み出し、視覚的なインパクトを高めています。 全体として、見る者に一度見たら忘れられないような強烈な印象を与え、喜び、怒り、悲しみ、戸惑いといった人間の根源的な感情がほとばしるかのように表現されています。 この作品は、絵筆による絵具の重ね塗りではなく、染色という技法を用いることで、独特の鮮やかでムラのない色彩効果を生み出している点が特徴です。
芥川(間所)紗織は1924年に愛知県に生まれ、東京音楽学校(現・東京藝術大学)の声楽科を卒業後、作曲家の芥川也寸志と結婚しました。 しかし、家庭生活の中で声楽の道を断念し、女学校時代に描いていた絵画を再び始めることになります。 1950年代初頭から、猪熊弦一郎のもとで油絵を、野口道方についてろうけつ染めを学び始めました。 《女XI》が制作された1955年頃は、紗織が前衛画家として頭角を現し始めた時期にあたります。彼女は1954年に第4回モダンアート協会展で新人賞を受賞し、 翌年には岡本太郎の勧めによって二科会に移籍しました。 この《女XI》も、第40回二科展の岡本太郎室(第9室)に出品され、特待賞を獲得しています。 この「女」シリーズは、しばしば作者自身の自画像とも評され、 当時の社会で女性が置かれていた状況や、画家自身の内なる感情、怒り、あるいは葛藤といった個人的な問題を、率直かつ強烈な形で表現しようとする意図が込められていたと考えられます。 1950年代の日本において、このような個人的で内面的な主題を、抽象的かつプリミティブな表現で描き出す女性画家は非常に稀であり、彼女の作品は当時の美術界において異質な存在として注目を集めました。
本作品《女XI》に用いられている主要な技法は「のり染」であり、これは綿布にインクを用いて制作されています。 ろうけつ染めをはじめとする染色技法は、紗織が野口道方から学んだものであり、彼女はこれを油絵と並行して探求し、独自の表現手段として確立しました。 のり染という技法では、絵具を筆で塗る代わりに、防染糊(ぼうせんのり)で模様を描き、その後に染料で布を染めることで、糊で覆われた部分が染まらずに残ります。この工程を繰り返すことで、鮮やかで均一な色彩と、染料ならではの布の質感を生かした作品が生み出されます。 紗織は、この手間のかかる染色技法を駆使し、絵画としての可能性を広げ、筆のタッチとは異なる、独特の鮮烈な色彩と、力強い線描を両立させています。
芥川(間所)紗織にとって「女」というモチーフは、初期から晩年まで繰り返し描かれた非常に重要な主題でした。 このシリーズの女性像は、単なる人物描写にとどまらず、作者自身の内面的な状態や、生きていく上での激情、あるいは当時の社会における女性の存在そのものを象徴していると解釈されます。 作品に描かれた、叫び、怒り、笑うかのような女性の表情は、表面的な感情表現を超えて、人間が抱える普遍的な喜びや苦悩、葛藤、そして力強い生命力を暗示しています。 また、植物的な形態で表現された人物像は、自然と生命の根源的なつながりや、プリミティブなエネルギーを示唆するものであり、彼女が探求した日本の神話や民話に通じる、根源的な精神性をも内包していると考えられます。
《女XI》が発表された1955年の第40回二科展において、芥川(間所)紗織は特待賞を受賞し、前衛芸術の新たな才能として大きな脚光を浴びました。 彼女は1950年代の日本において、草間彌生など同時代の女性画家たちと共に「女流七人展」を開催するなど、当時の美術界で活動する稀有な前衛の女性画家の一人として認識されていました。 紗織の作品は、そのプリミティブでありながらエッジの効いた表現、そして染色という独自の技法による鮮烈な色彩によって、見る者に今なお新鮮な驚きを与えています。 没後も定期的に遺作展が開催されるなど、その評価は途切れることなく、 近年では生誕100周年を記念した全国規模の回顧プロジェクト「芥川(間所)紗織 Museum to Museums」が進行するなど、国内外でその画業と美術史における位置づけが再評価されています。 彼女の作品は、1950年代の日本の前衛美術における女性の表現、そして独自の素材と技法を探求した作家の一例として、高く評価されています。