ルーシー・リー Lucie RIE
ルーシー・リーが1975年頃に制作した「鉢」は、彼女の円熟期における作風を代表するストーンウェアの傑作です。高さ11.0センチメートル、直径22.0センチメートルという均整の取れたプロポーションの中に、モダンかつ優美なリーの美意識が凝縮されています。
この鉢は、細く高い高台からなだらかに立ち上がり、口縁(こうえん)部に向けて朝顔のように優雅に広がる独特のフォルムをしています。器体は非常に薄く、手にとった際に軽やかな印象を与えることが特徴です。釉薬は器全体を包み込み、光の当たり方によって繊細な色の濃淡や質感を表現しています。口縁部には、例えばマンガン釉を用いたブロンズ色の輝きが施されることが多く、これがマットな質感の器体と対比をなし、全体を引き締める効果を生み出しています。表面には、掻き落としや象嵌(ぞうがん)といった技法による、シャープでリズミカルな線文様が施されている場合があり、これは均一ながらも見る者に心地よいリズムをもたらします。その線は同心円状に広がることもあれば、器体の形状に合わせて間隔を変えることもあり、計算された構図の中にわずかな揺らぎが感じられます。
ルーシー・リーは1902年にオーストリアのウィーンで生まれ、ウィーン工業美術学校で陶芸を学びました。1938年、第二次世界大戦の戦況悪化とナチスの迫害を逃れるため、ロンドンへと亡命し、以降イギリスを拠点に活動しました。1970年代半ばにあたるこの作品が制作された頃は、リーが陶芸家として円熟期を迎えていた時期です。ウィーン時代に学んだウィーン工房様式やバウハウス様式、そしてロンドンで触れたバーナード・リーチ様式、さらにはギリシャ様式や中国・韓国の古典的陶磁器様式といった多様な様式を幅広く吸収し、独自のスタイルを確立していました。初期には実用的なテーブルウェアを多く制作していましたが、ハンス・コパーとの出会いやその激励が、彼女が自身の個性を追求する大きなきっかけとなりました。1970年代後半からは、特に青やピンクといった鮮やかな色彩を用いることが増え、彼女独自の洗練されたフォルムと色彩表現が確立されていきました。この時期の作品は、日常使いの器でありながらも、芸術作品としての美しさを強く意識して制作されたと考えられます。
この鉢は「ストーンウェア」と呼ばれる陶器で制作されています。ルーシー・リーの作品において特筆すべきは、素焼きを行わない「生掛け(きがけ)」という技法です。これにより、一度の焼成で素地と釉薬が同時に焼かれ、素地に含まれる物質と釉薬の成分が反応し、奥から滲むような色の濃淡や、時にはボコボコと泡立ったような溶岩様のテクスチャーが器の表面に生まれます。リーは、電気窯の澄んだ酸化雰囲気で作品を焼成し、従来の還元焼成にこだわった陶芸界の常識に一石を投じました。彼女はマンガン釉、ウラン酸ナトリウム、酸化スズ、酸化亜鉛などを好んで用い、多彩で情緒豊かな釉色を生み出しています。また、ロウ描きを用いたデザインや、針のようなもので表面を掻き落とす「掻き落とし」技法、さらに溝に異なる色の土や顔料を埋め込む「象嵌(ぞうがん)」技法も多用されました。これらの技法によって、繊細な透け感や滑らかで艶やかな表面、そして構築的な線文様が作品に奥行きと表情を与えています。彼女は膨大な量の釉薬実験を繰り返し、その調合ノートには詳細な分量が記されていたといいます。
ルーシー・リーの「鉢」は、単なる機能的な容器を超え、モダニズムにおける「用の美」を追求した結果として捉えられます。彼女の作品は、日常の生活に溶け込みながらも、洗練されたフォルムと色彩によって空間に静謐(せいひつ)な美をもたらします。高台を細く高くし、口縁部を広げるという独特の造形は、器としての安定感を保ちつつ、視覚的な軽やかさと優雅さを両立させています。これは、東洋の陶磁器、特に李朝の美意識にも通じるものがあると指摘されており、簡素さの中に見出される奥深さや、自然な素材感と人工的な造形の調和が表現されています。また、緻密な計算によって生み出される釉薬の豊かな表情や、掻き落としや象嵌による幾何学的な文様は、素材の持つ温かみとモダンなデザイン感覚との融合を示しています。リーの鉢は、実用性と芸術性を融合させ、日々の暮らしの中に美意識を根付かせようとする作家の哲学が込められているといえるでしょう。
ルーシー・リーの作品は、発表当時から世界的に高く評価され、特にイギリスでは芸術分野の発展に大きく貢献したと評価されています。1989年にはファッションデザイナーの三宅一生がリーの工房を訪れ、その作品に感銘を受け、日本での大規模な展覧会が開催されたことで、リーの人気は日本でも不動のものとなりました。1991年には大英帝国勲章を受章し、その評価は確固たるものとなっています。彼女の作品は、バーナード・リーチが提唱した民藝(みんげい)運動の重厚で力強い陶器とは一線を画し、モダンで洗練されたデザインによって多くの陶芸家やデザイナーに影響を与えました。特に、素焼きをしない生掛けや電気窯による酸化焼成、多様な釉薬の探求といった独自のアプローチは、従来の陶芸技法を見直すきっかけとなり、後続の陶芸家たちが新たな表現を追求する原動力となりました。現代においても、彼女の作品は北欧のモダンデザインとの共通性も指摘され、情緒豊かな作品として、またダイニングテーブルを彩る美術品として、今なお多くの人々に愛され続けています。