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雲鳥文蓋壺 Lidded Jar with Clouds and Birds Design

バーナード・リーチ Bernard LEACH

バーナード・リーチによる1926年制作の陶器「雲鳥文蓋壺」は、東洋と西洋の美意識が融合した、彼の初期セント・アイヴス期における代表的な作品の一つです。

作品の姿と内容

この「雲鳥文蓋壺」は、高さ13.0cm、直径13.6cmという、手のひらに収まるような愛らしいサイズ感を持つ陶器製の蓋物(ふたもの)です。全体的に丸みを帯びた堂々とした胴部から、やや短くすぼまった首を経て、控えめながらも存在感のある蓋へと続く、安定感のあるフォルムをしています。素地は粗めの陶土が用いられ、焼成によって得られたざらりとした質感は、手仕事の温もりと素朴な風合いを感じさせます。 器の表面には、東洋的な趣を持つ「雲鳥文(うんちょうもん)」が、おおらかかつ伸びやかな筆致で描かれています。おそらく鉄絵具や酸化コバルトのような顔料が用いられ、素朴な生成り色の釉薬の下で、鈍い黒や茶、あるいはわずかに青みを帯びた灰色といった、落ち着いた色彩の濃淡を生み出していると推測されます。具体的には、器の胴部を巡るように、ゆったりとたなびく雲の帯が描かれ、その間に数羽の鳥が、まるで空を舞うかのように軽やかに配置されています。鳥の姿はデフォルメされ、写実性よりも、その動きや存在感が簡潔な線で表現されています。雲の表現は、中国や日本の古典的な雲文(うんもん)に見られるような、渦巻く形や、長く尾を引く流麗な「天平雲(てんぴょうぐも)」あるいは「霊芝雲(れいしぐも)」に近い、吉祥的な意味合いを持つ様式であることがうかがえます。蓋にも同様の文様が配され、蓋を閉じた時に器全体で一つの絵柄が完成するような工夫が凝らされていると考えられます。

背景・経緯・意図

バーナード・リーチは、1920年に濱田庄司(はまだしょうじ)を伴ってイギリス南部のセント・アイヴスに帰国し、日本式の登り窯を築いて「リーチ・ポタリー」を設立しました。この「雲鳥文蓋壺」が制作された1926年は、リーチがセント・アイヴスを拠点に本格的な作陶活動を開始して間もない時期にあたります。彼は、日本で六代尾形乾山(おがたけんざん)に師事し、日本の伝統的な陶芸技法を学び、柳宗悦(やなぎむねよし)ら「白樺派」の面々との交流を通して民藝運動の理念に深く共感しました。 この時期のリーチは、西洋のスリップウェアなどの陶器と東洋の陶磁器の技術を融合させた独自の作風を確立しようとしていました。彼は、実用性と美の調和を重視し、手仕事の温もりを宿したシンプルなフォルムの器を追求していました。この蓋壺の制作意図も、日本の暮らしの中で育まれた「用の美」を自身の作品に取り入れ、日常の中に芸術をもたらすことにあったと考えられます。東洋的なモチーフである雲鳥文を採用した背景には、彼が日本で得た美意識を西洋の地で表現しようとする、文化融合への強い願望が込められていたと推測されます。

技法や素材

本作品は「陶器(Stoneware)」と記されており、高温で焼成された堅牢な器です。リーチはセント・アイヴスで日本式の登り窯を築き、主に薪を燃料とする焼成を行っていました。この焼成方法によって、素朴な土の表情と、炎が生み出す豊かな表情が器に与えられます。 具体的な装飾技法としては、素地に直接文様を描き、その上から釉薬をかけて焼成する下絵付けの技法が用いられたと考えられます。文様は筆による線描で描かれており、簡潔ながらも力強い筆致は、日本の書画や東洋の陶磁器に共通する表現です。リーチは、日本の伝統的な絵付け技法や、泥漿(でいしょう)を用いて模様を描くスリップウェアの技術にも精通しており、それらを自身の作品に巧みに取り入れていました。「雲鳥文」の描写においては、筆の運びによって生まれる濃淡やかすれが、雲の柔らかな質感や鳥の動きを効果的に表現していると推測されます。釉薬は、おそらく灰釉や長石釉といった自然釉が主体で、素地の土味と調和し、温かみのある風合いを生み出しています。

意味

「雲鳥文」は、東洋美術において古くから親しまれてきた吉祥文様の一つです。雲は、天と地を結ぶ神秘的な存在とされ、古くから神仙思想や仏教の世界観と結びつき、「瑞祥(ずいしょう)」(めでたいことの前兆)や「運気上昇」の象徴として捉えられてきました。特に、長く尾を引く「天平雲」や、万年茸(まんねんたけ)の形に似た「霊芝雲」は、瑞祥の意味合いが強いとされます。 鳥は、種類によって様々な意味を持ちますが、一般的には自由、飛翔、生命力、あるいは神の使いなどを象徴します。雲と鳥の組み合わせは、大空を自由に舞う鳥の姿と、たなびく雲が織りなす自然の情景を表し、悠久の時の流れや、のどかな平和を願う意味が込められていると考えられます。また、蓋壺という器の形式自体が、貯蔵や保存といった実用的な役割を持つ一方で、中に大切なものを守り、豊かさを象徴する意味も持ち合わせています。リーチがこの文様を選んだことは、彼が日本文化の中で見出した自然への敬意や、簡素なものの中に宿る精神性を、自身の作品を通して表現しようとしたことの表れと言えるでしょう。

評価や影響

バーナード・リーチは、「イギリスの陶芸の父」と称されるほど、20世紀のイギリス陶芸界に絶大な影響を与えました。彼の作品、特にセント・アイヴスで制作された陶器は、発表当時、当時の西洋陶芸が工業製品に傾倒していた時代において、手仕事の温もりと東洋的な美意識を融合させた新たな方向性を示しました。当初、一部では粗野で未熟なものと見なされることもあったものの、彼の提唱する「東と西の結婚」の理念は、次第に多くの芸術家や批評家から理解と高い評価を得るようになりました。 「雲鳥文蓋壺」のような作品は、リーチの芸術哲学である「用の美」を体現しており、日常使いの器が持つ素朴な力強さと、装飾の持つ象徴的な意味が調和した例として評価されます。彼の作風は、濱田庄司や河井寛次郎といった日本の民藝運動の推進者たちとの交流を通じて深化し、彼らと共に「工芸」を「芸術」として再評価する流れを牽引しました。後世の陶芸家たちにとっては、東洋と西洋の文化を融合する可能性を示した先駆的な存在として、また、手仕事の価値や民藝の精神を再認識させる重要な影響を与え続けています。リーチ工房は現在もセント・アイヴスに残り、彼の作品や理念を展示・継承しており、美術史においてその位置づけは不動のものとなっています。