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掻き落とし文大鉢 Large Bowl, Scratched Grass Design

濱田庄司 HAMADA Shoji

陶芸家・濱田庄司(はまだしょうじ)の代表作の一つである「掻き落とし文(かきおとしもん)大鉢」は、1923年頃に制作された陶器で、高さ12.2センチメートル、幅42.5センチメートル、奥行き41.6センチメートルという堂々たるスケールを誇ります。この作品は、用の美を追求した民芸運動を主導した濱田庄司の初期の作風を示すものとして、その芸術的理念と技術的な熟練度を象徴しています。

作品の姿と内容

この大鉢は、堂々たる量感と安定感を持つ円形のフォルムをしています。口縁部はわずかに外側へ広がり、胴体は下方に向かって穏やかに絞られ、高台(こうだい)へと繋がります。器の表面は、ややマットな質感を持つ素朴な土の肌合いを感じさせ、その上に黒褐色の化粧土(けしょうど)が厚く掛けられています。この化粧土の層の上から、鋭利な道具によって草の葉のような有機的な文様が勢いよく掻き落とされており、その掻き落とされた部分からは、下地の淡い土の色が覗いています。文様は器全体に均等に配置されており、草の葉が風になびくような動きとリズムが感じられます。特に、掻き落としの線は力強く、大胆でありながらも繊細さを併せ持ち、器に奥行きと表情を与えています。深い茶色の釉薬(ゆうやく)が全体を覆い、その光沢が掻き落としの明瞭なコントラストを際立たせ、力強い存在感を放っています。

背景・経緯・意図

濱田庄司は、1920年から1923年にかけてイギリスのセント・アイヴスにおいて、陶芸家バーナード・リーチと共に制作活動を行いました。この期間は、リーチと共に工房を築き、東洋と西洋の陶芸技術や美意識が融合する基礎を培った重要な時期でした。1923年に日本に帰国した後、彼は栃木県益子(ましこ)町に自身の活動拠点を見つけ、本格的に作陶を開始します。この帰国直後の時期に制作された本作品は、彼がイギリスで培った技術と、帰国後いよいよ日本独自の土と釉薬を用いて「用の美」を追求し始める転換期を示すものです。当時の日本は、大量生産と西洋化が進む中で、伝統的な手仕事の価値が見直され始めた時代でした。濱田は、柳宗悦(やなぎむねよし)らが提唱する民芸運動に深く共感し、生活の中で使われる日常の器にこそ美が宿るという思想のもと、この大鉢のような力強くも素朴な作品を生み出しました。この作品には、民衆が日常的に使用する道具の中に普遍的な美を見出そうとする濱田の深い意図が込められています。

技法や素材

本作品は「掻き落とし(かきおとし)」という装飾技法が用いられています。この技法は、器の素地(きじ)に別の色の化粧土や釉薬を施し、その上に文様を描いた後、文様以外の部分、あるいは文様そのものを工具で掻き落とすことで、下地の色を露出させて模様を表現するものです。この大鉢では、素焼きされた陶器の表面に黒褐色の化粧土が塗られ、その化粧土が半乾きの状態で、草文(くさもん)が線彫りのように掻き落とされています。これにより、深く力強い線と、掻き落とされた部分から現れる素地の色のコントラストが生まれ、視覚的な奥行きと躍動感を与えています。素材には益子焼(ましこやき)の陶器が使用されており、鉄分を多く含む益子特有の土が、素朴で温かみのある風合いを生み出しています。また、焼成(しょうせい)によって生まれる表面のわずかな凹凸や、自然な釉薬の流れが、一つとして同じものがない手仕事の魅力を際立たせています。

意味

「掻き落とし文大鉢」における草文は、特定の象徴的な意味を持つというよりも、自然の持つ素朴な美しさ、生命の力強さを表現していると考えられます。濱田庄司が重視したのは、豪華絢爛な装飾ではなく、日常の暮らしに溶け込むような、自然体で豊かな美でした。草というモチーフは、日本人の生活の中に常にあり、さりげない存在でありながら、力強く生きる生命力を感じさせます。民芸運動の理念に基づけば、この作品は、特別な鑑賞物としてではなく、食卓を彩り、人々の生活に寄り添う「用の美」を体現しています。使う人の手になじみ、日々の暮らしに安らぎと豊かさをもたらすことを目的とした、実用と美が一体となった器としての意味合いが込められています。

評価や影響

「掻き落とし文大鉢」を含む濱田庄司の初期の作品は、帰国後の日本における民芸運動の萌芽期を象徴する作品として高く評価されています。彼の作風は、それまでの日本の陶芸界に主流であった、繊細で技巧的な作品とは一線を画し、実用性と力強い造形美を追求するものでした。この作品に見られるような素朴で力強い表現、用の美の追求は、当時の美術評論家や文化人たちに大きな影響を与え、柳宗悦、河井寬次郎(かわいかんじろう)らと共に民芸運動を牽引する重要な役割を果たしました。濱田の作品は、現代においても日本的な美意識の象徴として、国内外で高い評価を得ています。彼の陶芸は、後進の陶芸家たちに多大な影響を与え、日本の現代陶芸史における重要な位置を確立しています。また、彼が提唱した「無名性(むめいせい)の美」「用の美」の思想は、単なる美術品としてではなく、日用品としての工芸品の価値を再認識させることに貢献し、現代のクラフト運動やデザイン思想にもその影響を見ることができます。