オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

壺 Jar

ルーシー・リー Lucie RIE

ルーシー・リーが1965年頃に制作した「壺」は、その独特な造形と釉薬の表情が融合した陶器の作品です。この壺は、高さ29.0センチメートル、直径15.7センチメートルという、手になじみやすい、しかし存在感を放つサイズ感で、ルーシー・リーの円熟期における洗練されたスタイルを示しています。

作品の姿と内容

この壺は、全体的に引き締まった垂直性を持ちながらも、柔らかな曲線で構成された胴部が特徴です。口縁部は穏やかに開き、そこから下方へ向かって緩やかに膨らみ、再び底部に向かって繊細にすぼまります。特に底部に設けられた低い高台は、ルーシー・リーの作品にしばしば見られる特徴であり、器全体を軽やかに見せる効果を生み出しています。 表面には白釉(はくゆう)が薄く施されており、その下には焼成中に溶け出した酸化物が混じり合い、斑点状の染みや線状のにじみといった効果が表れています。白釉の透明感と繊細さが、素地(きじ)の質感を最大限に引き出し、視覚的にも触覚的にも高品質な仕上がりとなっています。一部では、釉薬が厚めにかけられ、溶けて流れることで線状の模様を形成している箇所も見受けられます。口縁部(こうえんぶ)には僅かな歪みが感じられ、均一ではない手仕事の温かみを伝えています。内部に広がる空間は深みを感じさせ、その簡潔なフォルムの中に豊かな表情を宿しています。

背景・経緯・意図

ルーシー・リーは1902年にウィーンの裕福なユダヤ人家庭に生まれ、ウィーン工業美術学校で陶芸と出会い、その道を志しました。1938年、ナチス・ドイツによるオーストリア併合を逃れロンドンに亡命し、アルビオン・ミューズに自宅兼工房を構え、そこで生涯制作活動を続けました。第二次世界大戦中は陶器製のボタン製造で生計を立て、その過程で釉薬の化学的知識と色彩感覚を培いました。 1965年頃のこの「壺」が制作された時期は、リーがロンドンでのキャリアを着実に築き、自身のスタイルを確立していた円熟期にあたります。当初、イギリスの陶芸界、特にバーナード・リーチらが提唱する民芸調の素朴で重厚な作風とは異なり、リーのモダンで洗練された作品は必ずしもすぐに受け入れられませんでした。しかし、ハンス・コパーをはじめとする同時代の陶芸家との交流や、自身の飽くなき探究心から、リーは独自の造形美を追求し続けました。この時期の作品には、ウィーン時代のモダニズムの美学と、ロンドンでの素材や釉薬への深い実験的アプローチが融合されています。リーは、器は美しくあると同時に実用的であるべきだと考えており、「たとえ私の作る形が時に奇妙であっても、私はそれらが愛され、使われるために作るのです」と語っています。この壺もまた、実用性と芸術性を兼ね備えたリーの哲学を体現していると考えられます。

技法や素材

この壺は陶器(ストーンウェア)で制作されています。ルーシー・リーは、1940年代後半から、それまでの土器(アースンウェア)に代わり、より薄い器壁を可能にするストーンウェアや磁器(ポーセレン)を使用するようになりました。 リーの陶芸技法の特徴は多岐にわたりますが、特に彼女独自の釉薬技術と焼成方法が挙げられます。彼女は素焼き(最初の焼成)をせず、成形した生の素地(きじ)に直接釉薬を施して一度だけ高温で焼成する「生掛け(なまがけ)」という方法を多用しました。これにより、素地と釉薬が焼成中に互いに反応し、奥行きのある色彩の濃淡や独特の質感を生み出します。この「壺」に見られる白釉も、極めて薄く施釉することで素地のテクスチャー感を最大限に活かしており、独特の透け感と繊細さを実現しています。また、マンガン、銅などの金属酸化物を用いた実験的な釉薬も特徴で、時には釉薬に粒状の二酸化マンガンを練り込み、焼成中に溶け出すことで斑点状の染みやにじみの効果を生み出すこともありました。口縁部の繊細なラインや底部の低い高台は、轆轤(ろくろ)を用いた卓越した成形技術の証です。

意味

ルーシー・リーの「壺」は、単なる容器としての機能を超え、その簡潔なフォルムと繊細な表面の表情によって、現代社会における器のあり方、ひいては美の本質を問いかけます。リーはウィーンの分離派やウィーン工房、バウハウスなどモダニズムの思想から影響を受け、機能性と装飾性を融合させた作品を追求しました。 この壺の洗練されたフォルムは、古代ローマやミケーネ文明の陶器、モダニズム建築、さらには骨などの自然物からもインスピレーションを得ていると推測されます。そこに施された釉薬の微細な表情は、自然界の表面から影響を受けたとも考えられ、簡素さの中に奥深い多様性を含んでいます。リーの作品は、東洋の「侘び寂び(わびさび)」の美意識、すなわち、素朴さ、不完全さ、そして時間の経過による変化を尊ぶ感覚とも通じる部分があると指摘されており、この壺もまた、手仕事によるわずかな揺らぎや釉薬の変化に、そうした東洋的な美意識を内包していると解釈できます。

評価や影響

ルーシー・リーの作品は、発表当時、イギリスの伝統的なスタジオ・ポタリーとは一線を画すモダニズムの感性で注目されました。当初は保守的な評価もありましたが、彼女の洗練されたフォームと革新的な釉薬は次第に高く評価され、20世紀を代表する陶芸家の一人として世界的に認知されました。 1967年にはアーツ・カウンシル・ギャラリーで回顧展が開催されるなど、国際的な評価を確立していきました。1991年には大英帝国勲章(デイム)を授与され、その功績が称えられています。 彼女の作品は、ハンス・コパー(Hans Coper)といった同時代の陶芸家だけでなく、エドモンド・ドゥ・ヴァール(Edmund de Waal)をはじめとする後世の多くの陶芸家やデザイナーに影響を与えました。特に、日本のファッションデザイナーである三宅一生(みやけいっせい)もリーの作品の熱烈な支持者であり、彼女のボタンを自身のコレクションに使用したこともあります。現代においても、リーの作品は美術館の主要なコレクションに収蔵され、その価値は高まり続けています。その静謐(せいひつ)な美しさと、時代を超越したモダンな魅力は、今もなお多くの人々を魅了し続けています。