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ボタン Buttons

ルーシー・リー Lucie RIE

ルーシー・リーの作品「ボタン」は、第二次世界大戦下の困難な時代に、彼女がいかにして芸術的な感性と生活の糧を両立させたかを示す、貴重な一群の制作物です。1939年から1943年にかけて制作されたこのガラス製のボタンは、リーの陶芸作品とは異なる素材への挑戦であり、その多才さと適応能力を物語っています。

作品の姿と内容

ルーシー・リーの「ボタン」は、直径1.9センチメートルから3.0センチメートルという、掌に収まるほどの小さなガラス製の円形、あるいは多角形、楕円形などの形態をとっています。透明感や半透明のガラスが用いられ、光を透過させることで、内側から穏やかな輝きを放ちます。表面は滑らかに研磨され、指先に吸い付くような質感を持ち、リーが陶器で追求した洗練されたフォルムの美学が、異素材であるガラスにおいても貫かれています。一つ一つのボタンは、シンプルな造形の中に、淡い色彩や、ガラス特有の気泡、あるいは微細な文様が閉じ込められていることもあり、見る角度によって表情を変えます。ボタンの背面には、衣服に縫い付けるための2つまたは4つの穴が丁寧に穿たれており、機能性と装飾性が一体となった、実用的な美しさが表現されています。

背景・経緯・意図

ルーシー・リーは1938年、ナチス・ドイツによるオーストリア併合を逃れ、故郷ウィーンからロンドンへと亡命しました。 第二次世界大戦の勃発により、ロンドンでの作陶活動は困難となり、彼女は生計を立てる必要に迫られます。 そのような状況下で、ウィーン時代からの旧知であったガラス工房ビミニ(Bimini)社のフリッツ・ランプルからの誘いを受け、ガラス製のボタン制作に携わることとなります。 当時、陶芸材料の入手が困難であったことや、戦争による物資不足、特に金属などの供給制限があったことが背景にあります。リーにとって、このボタン制作は、陶芸家としてのプライドとは異なる、生活のための仕事でもありましたが、結果として彼女の新たな表現の可能性を開くこととなりました。

技法や素材

本作品は、入力データにある通り「ガラス」を素材としています。ガラス製のボタンを制作するにあたっては、ビミニ(Bimini)工房の専門技術が用いられたと推測されます。 ガラスを溶かし型に流し込む鋳造(ちゅうぞう)やプレス、あるいは吹きガラスの技術を応用し、冷めて固まった後に研磨(けんま)や切削(せっさく)を施して形を整える工程が考えられます。ルーシー・リーの陶芸における釉薬(ゆうやく)の深い知識は、ガラスの着色や表面処理においても、彼女ならではの繊細な色彩感覚や質感の表現に影響を与えた可能性があります。 彼女は、ガラスが持つ透明性や光沢、そして多彩な発色性を活かし、陶器とは異なる新たな美の世界を追求したと言えるでしょう。

意味

ルーシー・リーの「ボタン」は、単なる衣料品の付属物という機能を超え、戦時下における芸術家の適応と創造の象徴としての意味を持ちます。故郷を追われ、慣れない地で生活の基盤を築かねばならなかったリーにとって、ボタン制作は生き抜くための手段でした。同時に、この小さな実用品の中に、彼女は自身の洗練された審美眼と卓越した造形感覚を注ぎ込みました。これは、極限状況下においても、美を追求し続ける芸術家の不屈の精神を表しています。また、日常品が持つ実用性と装飾性の融合は、リーが生涯を通じて重んじた「用の美」の哲学が、素材や形態を変えてもなお一貫していたことを示唆しています。

評価や影響

ルーシー・リーのボタンは、発表当時、オートクチュール(高級仕立服)業界で高い人気を博しました。 これは、彼女のボタンが単なる実用品としてだけでなく、そのデザイン性と質の高さが評価されたことを示しています。現代においても、リーのボタンは彼女の作品群の中でもユニークな存在として注目されています。陶芸家としての名声が確立された後も、このボタン制作の経験は、リーがハンス・コパーをアシスタントとして迎え入れるきっかけとなり、彼らの協働関係へと発展しました。 また、戦時中に陶器制作が困難な中で新しい素材や用途に挑戦したことは、リーの作品世界に多様な視点をもたらし、その後の彼女の作風や技術的な探求に深く影響を与えたと考えられます。美術史においては、主要な作品ではないかもしれませんが、困難な時代に芸術家がいかに創造性を維持したかを示す貴重な一例として、その重要性は認識されています。