オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

鹿図タイル Tile, Decorated with the Figure of Deer

バーナード・リーチ Bernard LEACH

バーナード・リーチによる「鹿図タイル」は、およそ1928年に制作された陶器製の作品です。リーチの作品は、東洋と西洋の陶芸様式を融合させ、機能性と芸術性を兼ね備えたスタジオポタリーの精神を体現しており、このタイルもまた、その特徴を明確に示しています。

作品の姿と内容

このタイルは、高さ10.0センチメートル、幅10.0センチメートルの正方形の陶板です。基調となる色は、素朴な土の温かみを感じさせる灰色がかったベージュや淡い茶色といったニュートラルな色調で、マットな質感を持っています。画面の中央には、一頭の鹿が装飾的にデフォルメされた姿で描かれています。鹿の姿は、太く柔らかな線によって輪郭が取られ、その内部は、おそらく異なる色の化粧土(スリップ)や釉薬で塗り込められているか、あるいは素地のままにされており、背景とは異なる質感や色調で表現されています。全体的な構図はシンプルでありながらも、鹿の持つ優雅さや自然の中での存在感を静かに示唆しています。鹿のポーズは静的であり、鑑賞者の視線を中央に集めるように配置されています。焼成によって生じたわずかな色の濃淡や、表面の細かな凹凸が、手仕事の温もりと陶器ならではの深みを与えています。

背景・経緯・意図

バーナード・リーチは、20世紀のスタジオポタリー運動における最も重要な人物の一人であり、イギリスと日本の陶芸文化の架け橋となりました。1928年頃は、彼が日本での活動を終え、イギリスのセント・アイヴスに自身の窯(リーチ・ポタリー)を構えてから約10年が経過し、彼の作風が確立されていた時期にあたります。彼は、産業革命以降の大量生産による画一的な製品に疑問を呈し、手仕事の価値と美を見出すアーツ・アンド・クラフツ運動の思想に深く共鳴していました。また、日本の民藝運動の柳宗悦(やなぎむねよし)や陶芸家の濱田庄司(はまだしょうじ)との交流を通じて、日本の素朴で機能的な美意識、特に日常生活に根差した「用の美」の概念に深く影響を受けていました。この「鹿図タイル」も、実用的な建築装飾の一部として、あるいは単独の鑑賞物として、人々の生活空間に静かな美と安らぎをもたらすことを意図して制作されたと考えられます。彼の作品には、自然のモチーフが繰り返し登場し、自然への敬愛と、東洋的な精神性が反映されています。

技法や素材

この作品は「陶器(ストーンウェア)」で制作されています。ストーンウェアは、陶土を高温(一般的に摂氏1200度以上)で焼成することで、石のように硬く、吸水性の低い丈夫な焼き物となるのが特徴です。リーチは、自身の窯で調合した地元の粘土を用い、手作業でタイルを成形しました。装飾には、おそらく「スリップウェア」の技法が用いられていると考えられます。スリップウェアとは、陶器の素地の上に、液体状の化粧土(スリップ)を流したり、描いたりして装飾を施す技法です。この技法は、化粧土の粘度や筆の運びによって、独特の線描や文様を生み出し、素材の持つ温かみと手仕事の痕跡を強く感じさせます。また、彫り込みによって文様を表現する「掻き落とし(スグラフィート)」や、化粧土を塗布した後に一部を削り取る「レジスト」といった技法もリーチは多用しており、鹿の輪郭や内部の表現には、これらの技法が複合的に用いられている可能性もあります。最後に、透明または半透明の釉薬を施し、再び高温で焼成することで、素地の質感と文様の表情が引き立てられています。

意味

作品に描かれた鹿は、古くから世界各地で、特に東洋文化圏において、多様な象徴的意味を持つモチーフです。日本では、神の使いや長寿、豊穣のシンボルとして親しまれ、奈良の鹿のように人々に身近な存在です。また、その優雅で繊細な姿から、自然の美しさや静けさ、あるいは純粋さを象徴することもあります。バーナード・リーチは、日本の伝統的な美意識や自然観に深く共感しており、鹿のモチーフを採用することは、彼自身のこうした思想の表れであると言えます。このタイルにおける鹿の姿は、写実的というよりも、民芸的な温かみと簡素な美しさを備えており、単なる動物の描写を超えて、自然との共生や精神的な豊かさ、そして手仕事の持つ素朴な美という主題を表現しようとしていると考えられます。

評価や影響

バーナード・リーチは、20世紀のスタジオポタリー運動の創始者の一人として、美術史において極めて重要な位置を占めています。彼の作品は、発表当時から高く評価され、特に手仕事の価値を再認識させ、芸術としての陶芸の可能性を広げました。この「鹿図タイル」のような作品は、リーチが提唱した「芸術家としての陶工」の理念を具現化しており、その後のイギリス、アメリカ、そして世界中のスタジオポタリー作家たちに計り知れない影響を与えました。彼は「A Potter's Book(陶工の書)」を著し、陶芸の哲学、技法、歴史について体系的にまとめ、多くの陶芸家たちの教科書となりました。リーチの作品は、産業化された社会において失われつつあった人間的な温かみや、自然素材への敬意、そして東洋の精神性と西洋の機能性を融合させた独自の美学を示し、現代においてもその普遍的な価値が認識され続けています。彼の作品は、単なる工芸品としてではなく、芸術としての深い洞察と精神性を備えたものとして、今日でも高く評価されています。