オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

白釉カップ Beaker

ルーシー・リー Lucie RIE

20世紀の陶芸界にその名を刻むルーシー・リーが、1936年頃に制作した「白釉(はくゆう)カップ」は、彼女の初期ウィーン時代における洗練された美意識と、後のルーシー・リー様式に通じる萌芽(ほうが)を既に示している作品です。

作品の姿と内容

このカップは、高さ11.2センチメートル、口径9.8センチメートルで、陶器でありながらも薄く均整の取れた円筒形に近い器形をしています。全体を覆うのは、彼女の作品にしばしば見られる微かに灰色がかった、クリーミーな質感を持つ白釉(はくゆう)です。釉薬は均一に施されながらも、表面にはごくわずかな凹凸が認められ、土の持つ素朴な質感を完全に隠すことなく、繊細な表情を生み出しています。口縁部(こうえんぶ)は滑らかに整えられ、装飾的な要素は排され、その純粋なフォルム自体が美しさを主張しています。高台(こうだい)は器体に対して控えめながらも安定感を与え、機能性と造形美が両立しています。視覚的には、その清澄(せいちょう)な白色と研ぎ澄まされたかたちが、静かで凛(りん)とした佇まいを感じさせます。

背景・経緯・意図

この「白釉カップ」が制作された1936年頃は、ルーシー・リーが故郷であるオーストリアのウィーンで、自身の陶芸家としてのキャリアを確立しつつあった初期ウィーン時代(1921年〜1938年)に当たります。彼女は1922年にウィーン工業美術学校に入学し、ミヒャエル・ポヴォルニーのもとで轆轤(ろくろ)挽きや釉薬(ゆうやく)の技術を習得しました。この学校はウィーン分離派やウィーン工房と密接な関係があり、当時のウィーンはユーゲントシュティール(アール・ヌーヴォー)や新古典主義、モダニズムといった多様な芸術運動が交錯する文化的活気に満ちた時代でした。リーの作品もまた、こうした時代の流れ、特にヨゼフ・ホフマンをはじめとするウィーン工房のデザイナーたちの影響を受け、機能性と洗練された美学を融合させる方向へと進んでいました。1926年にはハンス・リーと結婚し、若手建築家エルンスト・プリシュケに依頼した夫妻の室内改装にはバウハウスの概念が取り入れられるなど、当時の進歩的なデザイン思想との交流が、彼女の作品をより一層洗練させていったと推測されます。この時期のリーは、日常の器にこそ普遍的な美が存在すると考え、飾り立てることなく、器そのものの形と釉薬の調和を追求していました。

技法や素材

この「白釉カップ」には、主に陶器(earthenware)が用いられています。リーは初期から轆轤(ろくろ)を用いた成形を生涯の基本とし、この作品もまた轆轤によって均一かつ薄く挽き上げられています。彼女は、器体が非常に薄い「薄造り(うすづくり)」を特徴としていましたが、これはこの時期の作品にも既に見て取れます。表面に施された白釉は、彼女が学生時代から熱心に取り組んだ釉薬研究の成果であり、素地(きじ)と釉薬が一体となることで生まれる独特の風合いが特徴です。特に1930年代の作品には「ピンホール釉薬」と呼ばれる、微細な穴が表面に現れる特殊な釉薬も用いられており、このカップにもそうした細やかなテクスチャが見られる可能性があります。釉薬を厚くかけるのではなく、素地の存在を感じさせるように薄く施すことで、陶器本来の温かみと、リーが生み出すクリーンでモダンな印象を両立させています。また、リーは早い段階から電気窯を導入し、高温焼成によってより幅広い釉薬表現を探求していました。

意味

「白釉カップ」のような日常使いの器は、それ自体が特定の象徴的なモチーフを持つわけではありません。しかし、リーの作品全体に共通する主題として、「機能美」と「静謐(せいひつ)なモダニズム」が挙げられます。このカップの簡素で洗練されたフォルムは、当時のモダニズム運動が掲げた「形態は機能に従う」という思想を体現していると言えるでしょう。装飾を排し、純粋な器の姿を追求することで、リーは日常の道具の中に普遍的な美と精神性を見出そうとしました。白色という色彩もまた、純粋さ、清潔感、そして無限の可能性を示唆し、どのような空間にも調和する静かな存在感を放っています。この作品は、単なる容器としてではなく、手のひらに収まる小さな建築物のように、生活空間に凛とした美をもたらすものとして制作されたと考えられます。

評価や影響

ルーシー・リーの初期ウィーン時代の作品は、その洗練された現代的な感覚で高く評価され、1937年にはパリ国際博覧会で銀メダルを受賞するなど、国際的な名声を確立していました。しかし、1938年にナチスの迫害を逃れてロンドンに亡命した直後、彼女のモダニスト的な陶芸は、当時のイギリス陶芸界に普及していたバーナード・リーチに代表されるアングロ・オリエンタル様式の素朴で重厚な作風とは異なり、「釉薬が厚すぎる、器が薄い、(中略)人間味がない」と評されるなど、当初は理解されませんでした。 しかし、時を経て、リーの作品はイギリス国内でも次第にその価値を認められ、彼女は20世紀を代表するスタジオ・ポタリーの陶芸家の一人として、その革新的なアプローチで多くの陶芸家に影響を与え続けました。彼女の作品は、工芸としての陶芸を芸術の領域へと昇華させたものとして評価されており、現代においても世界中の美術館に収蔵され、多くのコレクターや後進の陶芸家たちにインスピレーションを与え続けています。この「白釉カップ」のような初期の作品は、彼女の独自のスタイルが形成されていく過程を示す貴重な証左として、美術史において重要な位置を占めています。