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甲冑を着た騎士を描いた馬上槍試合の場面が装飾された皿

パブロ・ピカソ

本記事では、20世紀美術の巨匠パブロ・ピカソが南仏ヴァロリスで制作した陶器作品、『甲冑を着た騎士を描いた馬上槍試合の場面が装飾された皿』をご紹介します。この作品は1951年1月29日から2月1日の間に制作され、ピカソの晩年の多岐にわたる創作活動の一端を示すものです。

作品の姿と内容

この作品は、縦22.5センチメートル、横22.5センチメートル、厚さ2.5センチメートルの、正方形の白い陶器の皿です。表面には、中世の馬上槍試合の場面が泥漿(でいしょう)と切り込みの技法によって装飾されています。画面の中央には、勇壮な甲冑(かっちゅう)を身につけた騎士が馬にまたがり、激しく槍を交える瞬間が描かれていると推測されます。ピカソの陶器作品によく見られるように、具象的なモチーフは大胆かつ簡潔な線で表現され、騎士や馬の姿は、写実性よりも動きや力強さを強調した、ダイナミックな構図で表現されていると考えられます。白い陶器の素地の上に施された泥漿(でいしょう)によって、背景とは異なる色が加えられ、その上から切り込みを入れることで、力強い描線が生み出されていると推測されます。これにより、騎士の甲冑の光沢や、馬の躍動感が視覚的に表現され、あたかも物語の一場面が目の前で繰り広げられているかのような印象を与えます。

背景・経緯・意図

この作品は、パブロ・ピカソが1946年頃から南フランスのヴァロリスに移り住み、陶器制作に情熱を傾けた時期に生み出されました。第二次世界大戦終結後の解放感と、南仏の温暖な気候、そして新しい家族との生活が、ピカソに新たな喜びと創作意欲をもたらしたと言われています。彼はヴァロリスの陶器市でマドゥーラ窯を訪れ、陶芸という未知の素材と技法に魅了されます。当時65歳であったピカソは、陶土の可塑性や焼成による変化に大きな可能性を見出し、約8年間にわたりヴァロリスを拠点に、絵画や彫刻と並行して膨大な数の陶器作品を制作しました。 この「馬上槍試合」という主題は、ピカソが故郷スペインの伝統的な闘牛をはじめとする、儀式的な催しやドラマ性のある場面に深く関心を抱いていたことと繋がります。彼は闘牛の場面を数多く描き、その中には生命の躍動、死、そしてスペクタクルの要素が込められていました。馬上槍試合もまた、騎士道精神や勇気、そして華やかな競技としての側面を持つことから、ピカソの創作活動における一貫したテーマの一つであったと考えられます。

技法や素材

本作品には、白い陶器を素材として、泥漿(でいしょう)と切り込み(掻き落とし)という技法が用いられています。泥漿(でいしょう)とは、水で溶いた液状の粘土であり、これを素焼き前の陶器の表面に塗布することで、異なる質感や色彩の層を作り出すことができます。その上に「切り込み」の技法を施します。これは、泥漿(でいしょう)が乾ききる前に、尖った道具で表面を掻き落とし、下の素地の粘土の色を露出させることで、描線や模様を生み出す手法です。 この伝統的な陶芸技法を、ピカソは自身の革新的な芸術表現と融合させました。彼は、筆で絵を描くように直接的に粘土の表面に泥漿(でいしょう)を施し、瞬時に切り込みを入れることで、描画の spontaneity(即興性)と力強い表現を実現しました。この技法によって生み出される線は、絵具で描かれた線とは異なる、土の持つ温かみと直接的な力強さを持ち合わせています。

意味

作品に描かれた甲冑(かっちゅう)を着た騎士と馬上槍試合は、歴史的あるいは象徴的な意味を多く含んでいます。馬上槍試合は、中世ヨーロッパにおいて騎士たちが名誉や愛のために戦う競技であり、騎士道精神、勇気、そして華やかなスペクタクルを象徴するものでした。 ピカソは、単に歴史的な場面を再現するのではなく、この伝統的なモチーフを通して、人間存在の普遍的なテーマを探求していたと考えられます。彼の作品にはしばしば、生と死、愛と闘争、権力と無力といった対立する概念が描かれており、馬上槍試合の緊迫感や高揚感は、そうしたテーマと深く結びついていると言えるでしょう。また、闘牛のテーマと同様に、人間と動物、そして宿命的な戦いのドラマへのピカソの関心を示すものとしても解釈できます。地中海文化や古代神話へのピカソの関心も、騎士という歴史的なモチーフを介して、自身の芸術世界に取り入れられたと推測されます。

評価や影響

ピカソがヴァロリスで制作した陶器作品群は、当初は絵画や彫刻といった主要な媒体と比較して、美術史家や批評家から傍流と見なされることもありました。しかし、その創造性と膨大な制作量、そして素材への深い洞察が再評価され、今日では彼の芸術の重要な一部として認識されています。 ピカソが陶器制作に本格的に取り組んだことは、ヴァロリスという陶器の町に新たな活気をもたらし、職人たちにも大きな影響を与えました。また、彼の作品は、陶器が単なる実用品や工芸品に留まらず、絵画や彫刻と同様に、高度な芸術表現の媒体となり得ることを示しました。彼の陶器は、その直接的で触覚的な魅力、そして日常の中に芸術を取り入れるというアプローチを通じて、多くの人々に愛され、後世のアーティストや陶芸家にも多大な影響を与えました。ピカソの陶器作品は、彼が常に新しい素材や技法に挑戦し、芸術の可能性を広げ続けた「革命児」としての姿を、改めて浮き彫りにしています。