パブロ・ピカソ
キュビスムの革命的表現を確立した後も、パブロ・ピカソは多岐にわたる様式を探求し続けました。1921年1月17日にパリで制作された鉛筆素描『握り合う二つの手』は、縦21.1センチメートル、横27.1センチメートルの紙に描かれた、彼の新古典主義(しんこてんしゅぎ)時代の特徴を示す作品です。パブロ・ピカソの相続人からの代物弁済(だいぶつべんさい)により、1979年に美術館に収蔵されました。
画面の中央には、二つの手がしっかりと握り合わされている様子が、鉛筆の線によって写実的に描かれています。二つの手は異なる人物のものであることが示唆され、それぞれの手首から先が構図の大部分を占め、画面の前面に大きく捉えられています。細部は丁寧に描き込まれており、指の関節や爪の形、そして皮膚のわずかな起伏までもが、繊細な陰影と明瞭な輪郭線で表現されています。右側の手は、指が少し長く、やや華奢な印象を与える一方で、左側の手はよりがっしりとしており、男性的な力強さを感じさせます。両の手の指はしっかりと絡み合い、手のひらは見えませんが、その密着具合から、強い結びつきと親密さが伝わってきます。背景は描かれず、手の姿だけがクローズアップされることで、鑑賞者の意識は手の持つ意味や、それが象徴する人間関係へと自然と導かれます。全体の印象は、記念碑的でありながらも、どこか人間的な温かみと感情が宿っているかのようです。
この作品が制作された1921年は、第一次世界大戦後のヨーロッパが「秩序への回帰(かいき)」という社会的なムードに包まれていた時代です。美術界においても、キュビスムのような前衛的な動きの後に、古典的な造形美へと回帰する傾向が見られました。ピカソ自身も、1917年にイタリアを訪れて古代ギリシャ・ローマの芸術に感銘を受けたことをきっかけに、新古典主義の様式を取り入れるようになります。この時期のピカソは、妻オルガ・コクローヴァの肖像画や、長男パウロの誕生(1921年)を受けて「母と子」を主題とした作品を多数制作しており、家庭的な平穏(へいおん)と安定が彼の創作に反映されていました。 『握り合う二つの手』は、こうした時代背景とピカソの個人的な状況の中で生まれました。キュビスムと並行して写実的な人物画を描いていたこの時期、ピカソは伝統的な芸術への敬意と、人間の普遍的な感情を表現したいという思いを抱いていたと考えられます。
この作品は、縦21.1センチメートル、横27.1センチメートルの紙に鉛筆で描かれています。鉛筆という簡素な画材は、ピカソが持つ優れたデッサン力を直接的に示すものであり、線の持つ力強さや繊細さを際立たせています。彼は幼少期から美術教師である父の手ほどきを受け、写生デッサンを通じて人体を正確に把握する基礎を築きました。この作品に見られる精密な描写と立体感は、そうした確かな技術に裏打ちされています。紙という素材の質感は、鉛筆の柔らかな濃淡をよく受け止め、細部の描写に奥行きを与えています。ピカソは、キュビスムの解体的なアプローチから一転して、この時期には明瞭な輪郭線と量感のある表現を用いることが多く、本作においても古典的な彫刻を思わせるような、堅固で構築的な手の姿が特徴です。
握り合う手というモチーフは、歴史的にさまざまな象徴的意味を内包しています。古くは古代ギリシャ時代から、握手は「武器を持っていないこと」を示す平和の証として行われていました。また、中世以降は、信頼、友情、愛、合意、そして団結の象徴として広く用いられてきました。特にアンティークジュエリーにおいては、交差する手がデザインされた「フェデリング」が婚約や結婚指輪のモチーフとして使われ、「信頼」「信愛」「誠実」といった意味合いが込められています。 本作『握り合う二つの手』が制作された第一次世界大戦後の時代において、このモチーフは、戦禍(せんか)からの回復、あるいは平和への願い、人々が再び手を取り合うことへの希望といった、より広範な社会的意味合いを帯びていた可能性があります。また、ピカソの私生活における結婚や息子の誕生といった喜ばしい出来事を踏まえれば、家族間の愛情や絆、そして人間関係における深い結びつきといった個人的な感情の表現とも解釈できるでしょう。
ピカソの新古典主義時代の作品は、キュビスムという革新的な運動を主導した後に、古典的な具象表現に回帰したことから、発表当時は一部の批評家を驚かせました。しかし、これはピカソの多面的な才能と、特定の様式に囚われない自由な創作姿勢を示すものであり、現代においては彼の画業の重要な一部として高く評価されています。彼は生涯を通じて破壊と創造を繰り返し、その多様性と革新性は後世の芸術家たちに多大な影響を与えました。 『握り合う二つの手』のような新古典主義の素描は、ピカソが古典的なデッサン力を常に保持し、必要に応じてそれを最大限に活用できたことを示しています。この時期の作品は、抽象と具象、破壊と構築という相反する表現を自在に行き来できるピカソの稀有(けう)な才能を例証するものであり、20世紀美術において具象表現がいまだに力強く有効な手段であることを示した点で、美術史に確固たる位置を占めています。