Andrew Wyeth
東京都美術館開館100周年記念「アンドリュー・ワイエス展」にて展示されるアンドリュー・ワイエスの《オルソン家の終焉》習作は、1969年に鉛筆で紙に描かれた縦78.2センチメートル、横56.6センチメートルの作品です。この習作は、ワイエスが生涯にわたり深く関心を寄せたメイン州のオルソン家とその住居を主題とする一連の作品群、「オルソン・シリーズ」の重要な一部をなしています。
アンドリュー・ワイエスは、生まれ故郷のペンシルベニア州チャッズ・フォードと、毎年夏を過ごしたメイン州クッシングを行き来しながら、それぞれの土地の風景やそこで生きる人々を描き続けました。特にメイン州のオルソン家は、ワイエスにとって30年以上にわたる制作活動の重要な主題となりました。ワイエスがオルソン家のクリスティーナと弟のアルヴァロに出会ったのは1939年、彼が22歳の時でした。以来、ワイエスは二人が亡くなるまで、オルソン・ハウスの外観だけでなく、姉弟の暮らしぶりや家屋の内観、周辺の自然を克明に描き続けました。この《オルソン家の終焉》習作は、1967年にアルヴァロが、翌1968年にクリスティーナが亡くなった後に制作されたもので、長年にわたるオルソン家との関係、そして一つの時代の終わりという画家の心境が反映されていると推測されます。作品名に「終焉」とあることから、ワイエスがオルソン家、あるいはオルソン姉弟との関係性において感じた、時間の流れや変化、そして喪失といった感情が込められていると考えられます。この習作は、ワイエスが最終的な作品へと至る過程で、主題を深く探求し、構想を練り上げていたことを示しています。
本作品は、鉛筆(えんぴつ)を用いて紙に描かれています。アンドリュー・ワイエスは、油彩画ではなく、テンペラや水彩画を主な技法とし、特に水性絵具の水分を極力少なくして描く「ドライ・ブラッシュ」という独自の技法や、鉛筆による素描(そびょう)を多用しました。鉛筆による習作は、ワイエスの作品において非常に重要な位置を占め、完成されたテンペラ画や水彩画と比較して、画家の初期の構想や感情の動き、対象への関心のありさまが直接的に反映されていると評価されています。 鉛筆は、対象の構造や光と影を緻密に捉え、線や明暗の階調を通して感情や雰囲気を表現するのに適した素材です。ワイエスは、この素材の特性を最大限に活かし、オルソン・ハウスの細部や、終焉に向かう家屋の荒廃といった主題を、深い観察力と精密な描写力で捉えようとしたと推測されます。
オルソン家とその住居は、アンドリュー・ワイエスにとって単なるモチーフではなく、アメリカの地方に生きる人々の生活、そして時間の流れや人間の存在の儚さを象徴するものでした。特にクリスティーナ・オルソンは、病のために足が不自由でありながらも、自力で生活を営む強い意志を持つ人物として描かれ、ワイエスは彼女に深い敬意を抱いていました。 《オルソン家の終焉》というタイトルは、単にオルソン姉弟の死を指すだけでなく、ワイエスが長年寄り添い描いてきた一つの世界が終わりを告げること、あるいは移りゆく時代の中で失われていく古き良きアメリカの風景への画家の内省的な感情を表していると考えられます。この習作は、オルソン・ハウスが廃墟に向かう過程や、時と共に変化する風景や人の姿を繊細に表現しようとするワイエスの主題への深い洞察を意味しています。
アンドリュー・ワイエスは、抽象表現主義などが隆盛を極めた20世紀後半のアメリカにおいて、徹底した写実主義を一貫した特異な画家として知られています。彼の作品は、都会化や物質文明化されていない「原アメリカ」の風景や人物像を息づかせていると評価されています。 《オルソン家の終焉》習作のような鉛筆による素描は、ワイエスの芸術における創造への道程、すなわち完成された作品に至るまでの画家の思考や試行錯誤の過程をうかがい知ることができる貴重な資料です。これらの習作群は、ワイエスの非凡な集中力と、対象を深く見つめ続ける観察眼の鋭さ、そして卓越した描写力を改めて実感させるものとして高く評価されています。 ワイエスが描いたオルソン・ハウスは、2011年には国定歴史建造物に指定されるほど、アメリカ美術史において象徴的な存在となりました。 彼の作品は、アメリカ人の郷愁を誘うだけでなく、私たち日本人にも共通する静かで物思いにふけるような情景を通じて、多くの根強いファンを生み出し、後世の美術家にも写実表現の可能性を示唆したと考えられます。