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天竺渡来大評判 象の戯遊

河鍋暁斎

ゴールドマン コレクション「河鍋暁斎(かわなべきょうさい)の世界」展にて紹介される河鍋暁斎の「天竺渡来大評判(てんじくとらいおおひょうばん) 象の戯遊(ぎゆう)」は、文久3年(1863年)4月に制作された大判錦絵です。この作品は、日本に渡来した象たちが人間のように振る舞い、遊び戯れる様子をユーモラスに描いています。

背景・経緯・意図

本作が制作された文久3年(1863年)は、江戸幕府の終焉が間近に迫り、開国によって海外の文化や情報が流入し始めた激動の時代にあたります。日本において象は、長崎に来航する異国船によって稀に連れてこられる珍しい動物であり、その渡来は常に大きな話題を呼び、大衆の好奇心を刺激する一大イベントでした。本作の「天竺渡来大評判」という表題は、こうした当時の社会における外国からの珍しい文物の流入や、それに対する人々の熱狂的な関心を背景にしていると考えられます。河鍋暁斎は、こうした世相を敏感に捉え、象という異国の動物を擬人化し、人間社会の出来事や流行を風刺する意図をもってこの作品を制作したと推測されます。

技法や素材

「天竺渡来大評判 象の戯遊」は、多色刷りの浮世絵である大判錦絵として制作されています。錦絵は、複数の版木を用いて様々な色彩を重ねて刷り上げることで、豊かな表現を可能にする技法です。暁斎は、浮世絵師としての卓越した技術をもって、象の巨大な体躯(たいく)や皮膚の質感、そしてそれぞれの象が示す多様な表情や動きを、力強い描線と繊細な色彩の組み合わせによって表現しています。特に、象の目の表現や、水飛沫(みずしぶき)の描写には、細部にわたる観察眼と高い描写力が遺憾なく発揮されており、見る者に生き生きとした生命感を与えています。

意味

象は、仏教の伝来とともに日本に知られるようになった動物であり、「天竺」(インド)という仏教発祥の地を象徴する意味合いも持ち合わせていました。また、その巨体から、力の象徴や、吉祥の動物としても捉えられることがあります。しかし本作では、そうした厳かな意味合いに留まらず、「戯遊」という言葉が示すように、象たちが人間社会のしきたりや遊びを取り入れ、奔放に戯れる様子が描かれています。これは、当時の異国文化に対する日本人の憧れと同時に、それらを滑稽(こっけい)に捉える風刺的な視点も込められていると解釈できます。象たちが示す擬人的な行動は、当時の人々の異国趣味や、社会現象としての「大評判」のあり方をユーモラスに表現したものでしょう。

評価や影響

河鍋暁斎の作品は、その奇抜な発想と圧倒的な画力によって、当時から高い評価を得ていました。本作も、異国の珍しい動物を題材に、当時の世相を巧みに風刺した作品として、多くの人々に楽しまれたと考えられます。暁斎は、従来の浮世絵の枠を超え、動物画においても独自の境地を開拓した画家であり、彼の描く動物たちは、単なる写実にとどまらない豊かな表情や人間味を帯びています。この作品は、暁斎が動物を介して人間社会を描写する手腕の典型例として、現代においてもその独創性や観察眼が高く評価されています。また、そのユーモラスな表現は、後世の漫画や風刺画にも通じる萌芽(ほうが)を見て取ることができ、日本の大衆文化におけるキャラクター表現の一つの源流としても位置づけられる作品と言えるでしょう。