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猩々図

河鍋暁斎

ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎(かわなべきょうさい)の世界で展示されている河鍋暁斎の作品「猩々図(しょうじょうず)」は、安政4年(1857年)から明治3年(1870年)にかけて制作された一幅の絵画です。日本の伝統的な吉祥のモチーフである猩々を、暁斎ならではの力強い筆致と鮮やかな色彩で描いた作品として知られています。

背景・経緯・意図

この作品が制作された安政年間から明治初期にかけての時代は、江戸時代末期の社会的な混乱から明治維新による大変革へと移行する激動期にあたります。河鍋暁斎はこの時期、幕末の風刺画や錦絵で活躍しつつも、狩野派の確かな画技を背景に、伝統的な画題にも精力的に取り組んでいました。この「猩々図」も、そうした時期に描かれたものと考えられます。猩々という福を招く吉祥の題材を描くことで、世情の不安に対する人々の平穏への願いに応えようとした可能性や、あるいは自身の画技の幅広さと表現力を示す意図があったと推測されます。暁斎は特定の画風にとらわれず、様々なジャンルや様式の作品を手がけたため、伝統的なモチーフを彼独自の解釈で再構築する試みでもあったでしょう。

技法や素材

「猩々図」は一幅の掛軸として制作されており、当時の日本画で広く用いられた紙または絹を支持体とし、墨と顔料によって描かれています。河鍋暁斎は狩野派で培われた確固たる描写力と、浮世絵で磨かれた奔放な筆致を兼ね備えていました。猩々を表現するにあたっては、その特徴である赤い体毛には鮮やかな朱や辰砂(しんしゃ)などの顔料が惜しみなく用いられ、生命力に満ちた姿を表現していると考えられます。また、豊かな髪や髭には、墨の濃淡やかすれを巧みに使い分け、躍動感あふれる筆致で表現されていると推測されます。その大胆かつ繊細な筆遣いは、対象の本質を捉えつつ、見る者に強い印象を与える暁斎ならではの工夫が凝らされていると言えるでしょう。

意味

猩々(しょうじょう)は、中国の伝説に登場する想像上の生き物で、能や狂言の演目にも登場する日本の伝統的なモチーフです。酒を好み、顔や体毛が赤く、非常に陽気で舞を舞う姿で描かれることが多く、その出現はめでたいことの前兆とされ、長寿や福徳を象徴する吉祥の存在として親しまれてきました。能の演目「猩々」では、酒売りの男に酒を分け与え、泉から汲んだ酒でその男を富豪にするという物語が描かれています。河鍋暁斎の「猩々図」も、こうした猩々が持つ伝統的な意味合いを踏まえ、見る者に幸福や喜び、そして祝祭的な感覚をもたらすことを意図して描かれたと考えられます。激動の時代にあって、人々の心に安らぎと希望を与える役割を担っていたと推測されます。

評価や影響

河鍋暁斎の「猩々図」が発表された当時の具体的な評価については明確な記録が少ないものの、彼が手がけた多種多様な作品群と同様に、その卓越した画技と伝統的なモチーフへの深い理解、そして独自の解釈が評価されたと考えられます。暁斎は幕末から明治にかけて、その写実性、奇想天外な発想、そして社会風刺の精神で国内外の多くの人々を魅了しました。猩々図のような吉祥画は、当時の人々に広く受け入れられ、彼の画力の幅広さを示すものとして評価されたでしょう。現代においても、河鍋暁斎は「画鬼」と称されるほどの圧倒的な描写力と創造性で、日本の美術史において独自の地位を確立しています。彼の描く猩々は、単なる伝統的な図像に留まらず、暁斎ならではの生命力とユーモアを吹き込まれた作品として、現代の鑑賞者にも強い印象を与え続けています。