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放屁図

河鍋暁斎、日下部鳴鶴

「ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)の世界」展に出品される河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)と日下部鳴鶴(くさかべ めいかく)による共作《放屁図(ほうひず)》は、明治時代(1886年頃)に制作された一枚の絵画です。この作品は、日本美術に古くから見られる放屁を題材としたユーモラスな画題を、河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)ならではの卓越した筆致で表現し、さらに日下部鳴鶴(くさかべ めいかく)の書が加わることで、視覚と文字の共演が際立つ作品となっています。

背景・経緯・意図

河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)は、幕末から明治時代にかけて「画鬼(がき)」と称された並外れた画力を持つ絵師です。彼は狩野派の絵師としての素養を持ちながらも、浮世絵や琳派、円山四条派、さらには中国画や西洋人体図など、幅広い画法を貪欲に学びました。その制作活動は多岐にわたり、真面目な仏画から社会風刺、あるいは奇想天外な戯画まで、あらゆるジャンルの作品を手がけています。 本作が制作された明治19年(1886年)頃は、日本が西洋文化を取り入れ「文明開化(ぶんめいかいか)」へと進む激動の時代でした。この時期の河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)は、時に世相を鋭く風刺し、時に人間や社会の滑稽さをユーモラスに描く「狂画(きょうが)」の表現を多く生み出しています。 「放屁(ほうひ)」を題材とした絵画は、日本の絵巻物において平安時代から見られる伝統的な画題であり、河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)自身も慶応3年(1867年)に《放屁合戦絵巻(ほうひがっせんえまき)》を、また明治9年(1876年)には《開化放屁合戦絵巻(かいかほうひがっせんえまき)》を描いています。こうした先行作品の存在を踏まえると、本作は、伝統的なユーモアの題材を明治期の世相や自身の成熟した画風の中で再解釈し、新たな表現を試みたものと推測されます。また、当時高名な書家であった日下部鳴鶴(くさかべ めいかく)との共作であることは、単なる滑稽画に留まらない、芸術的な遊び心や、視覚芸術と書を融合させた高尚な趣向を意図していたと考えられます。

技法や素材

《放屁図(ほうひず)》は「員数: 一面」とされており、絵巻物のような連続した物語ではなく、一枚の絵画として完結する作品です。河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)は、紙や絹に墨と淡彩で描く日本画の技法を幅広く用いており、本作もそれらの素材や技法が用いられていると推測されます。彼の筆致は時に力強く、時に繊細であり、対象の躍動感や表情を巧みに捉えることに長けていました。 特に《放屁図(ほうひず)》のような戯画(ぎが)では、素早い筆致で描かれた人物や動物の生き生きとした描写が特徴的です。主題が放屁(ほうひ)であることから、その勢いや滑稽さを表現するために、墨の濃淡やかすれ、筆の運びが重要な役割を果たしていると考えられます。また、書家である日下部鳴鶴(くさかべ めいかく)の書が添えられている場合、絵と書の配置や構図が綿密に計算され、それぞれの要素が相互に引き立て合うように工夫されていると推測されます。

意味

「放屁(ほうひ)」は、日本では古くから滑稽な行為として親しまれ、絵巻物や文学作品に登場してきました。単なる生理現象を越え、社会的な規範や品位を破る行為として、時には反骨精神や庶民のたくましさを象徴するモチーフともなり得ます。 河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)の《放屁図(ほうひず)》も、この伝統的なユーモアの延長線上に位置づけられますが、明治時代という新しい時代背景の中で、より多様な意味合いを含んでいた可能性があります。西洋化が進む中で、日本の伝統的な価値観や風俗、そして庶民の生活感情を、あえて「放屁(ほうひ)」という下世話なテーマを通して表現することで、旧来の文化に対する愛情や、あるいは文明開化(ぶんめいかいか)に対する皮肉や批判を込めたと解釈することもできるでしょう。 また、日下部鳴鶴(くさかべ めいかく)という高名な書家が関わっていることは、この作品が単なる落書きや一過性の笑いではなく、芸術的な表現として「放屁(ほうひ)」を捉えようとする意図があったことを示唆します。絵と書の組み合わせによって、視覚的な滑稽さだけでなく、言葉による含蓄や深みが加わり、鑑賞者により豊かな解釈の余地を与えていると考えられます。

評価や影響

河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)は、生前から「画鬼(がき)」と称されるほどの圧倒的な画力と、多岐にわたるジャンルを描きこなす才能で高い評価を得ていました。彼の戯画(ぎが)や風刺画(ふうしが)は、幕末から明治にかけての社会情勢を反映し、庶民の間で大変人気を博しました。一方で、その過激な表現が筆禍事件に繋がることもありました。 《放屁図(ほうひず)》のような作品は、当時の美術界において、伝統的な日本画の枠組みを超えた、自由で奔放な表現を追求する河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)の姿勢を象徴しています。彼は、西洋から伝わる油絵など新しい表現技法が導入される中でも、日本の伝統的な画材と技法を用いて、近代社会における人間性や風俗を独自の視点で描き続けました。 河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)の作品は、そのユーモラスかつ風刺的な側面が、特に海外のコレクターや研究者からも注目され、国際的にも高く評価されています。彼の放屁(ほうひ)をテーマとした作品群は、日本の美術史におけるユーモア表現の豊かな伝統を示すものとして、また、変革期を生きた絵師の人間性や時代感覚を伝える貴重な資料として、今日でもその独自性と普遍的な魅力が再評価され続けています。