河鍋暁斎
ゴールドマン コレクション「河鍋暁斎の世界」で展示される河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)の「猫又図(ねこまたず)」は、明治4年から22年(1871年から89年)にかけて制作された一幅の作品です。この絵は、日本の伝承に登場する妖怪である猫又(ねこまた)を題材としており、暁斎(きょうさい)が動物画や妖怪画において見せた卓越した描写力と、時にユーモラス、時に不気味な表現が融合した作風を象徴する作品の一つです。
河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)が「猫又図(ねこまたず)」を制作した明治時代は、日本の近代化と西洋化が急速に進展する一方で、江戸時代から続く伝統文化や庶民の信仰、怪談などが依然として人々の生活に根付いていた時代です。暁斎(きょうさい)は、7歳で浮世絵師・歌川国芳(うたがわ くによし)に、10歳で狩野派(かのうは)の前村洞和(まえむら どうわ)に入門し、伝統的な日本画の技法を習得しながらも、既存の枠にとらわれない自由な発想で独自の画風を確立しました。彼はその画才と旺盛な制作意欲から「画鬼(がき)」と称され、風刺画や戯画(ぎが)、妖怪画など幅広いジャンルの作品を手がけています。
暁斎(きょうさい)が数多くの妖怪画を残している背景には、彼が幼い頃から魑魅魍魎(ちみもうりょう)に興味を持ち、生涯にわたって動物や妖怪を愛し描いたという事実があります。特に猫は彼が好んだモチーフの一つであり、多くの作品に登場させています。 「猫又図(ねこまたず)」もその一つで、人間社会を風刺する狂画(きょうが)の一環として、あるいは単純に妖怪の持つ不可思議な魅力を表現する意図があったと考えられます。また、当時の書画会(しょがかい)などで即興的に描かれた席画(せきが)としても、こうしたテーマが好まれた可能性があります。
「猫又図(ねこまたず)」は一幅の作品であり、一般的な日本画と同様に、紙または絹に墨と顔料(がんりょう)を用いて描かれたと推測されます。河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)は狩野派(かのうは)で培った本格的な画技を基盤とし、力強い筆線と安定した構図を得意としていました。同時に、浮世絵で学んだ描写力や、西洋絵画の表現技法も取り入れるなど、技法の多様性が彼の作品の大きな特徴です。
彼の動物画においては、対象の生態を鋭く観察し、写実性と想像力を完璧に調和させる能力が際立っています。猫又(ねこまた)のような架空の存在を描く際にも、猫本来の身体的特徴や仕草を捉えつつ、そこに妖怪としての異形さや人間的な表情、ユーモラスな動きを加えて表現したと考えられます。 細部の描写においては、毛並みの表現に見られる繊細な筆致や、目元に宿る妖しい光彩など、暁斎(きょうさい)ならではの工夫が凝らされていると想像できます。
「猫又図(ねこまたず)」に描かれる猫又(ねこまた)は、日本の民間伝承に古くから登場する猫の妖怪です。一般的には、長年生きた猫が妖力を持ち、尾が二股に分かれたり、人の言葉を話したり、人間に化けて悪事を働くなど、不思議な力を持つ存在として語られてきました。 山中に棲む巨大な獣として伝わるものと、人家の飼い猫が化けたものとの二種類に大別されますが、江戸時代以降は、飼い猫が年老いて猫又(ねこまた)に化けるという考えが広く普及しました。
猫又(ねこまた)の伝説が生まれた背景には、夜行性で目が光る、瞳(ひとみ)の形が変わる、音もなく歩くといった猫の神秘的な身体的特徴や習性が、人々にとって不可思議で時に恐ろしい存在として捉えられたことが挙げられます。また、葬儀の場で死者をまたぐと蘇生させる、猫を殺すと祟られるといった俗信も、猫又(ねこまた)のイメージ形成に影響を与えたとされています。
河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)の「猫又図(ねこまたず)」は、こうした猫又(ねこまた)が持つ、愛らしさと同時に秘められた恐ろしさや、人間社会への風刺といった多義的な意味合いを内包していると解釈できます。他の妖怪画と同様に、人間の世相や社会の矛盾を、妖怪というフィルターを通して描こうとする暁斎(きょうさい)の意図が込められていると考えられるでしょう。
河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)の「猫又図(ねこまたず)」を含む妖怪画は、彼の生前から高い評価を受けていました。暁斎(きょうさい)は幕末から明治にかけて活躍し、その卓越した画力とユーモアあふれる画風で、国内外のコレクターから注目されていました。 特に、恐怖を表現するはずの妖怪にユーモラスな要素を加える「ギャップ」は、現代の鑑賞者にも新鮮な驚きを与え続けています。
彼の妖怪画は、従来の妖怪画に比べて親しみやすい画風が特徴であり、天狗(てんぐ)や河童(かっぱ)、鬼(おに)、狐(きつね)、猫又(ねこまた)、狸(たぬき)など、数多くの妖怪を描き、後の妖怪画に大きな影響を与えました。 また、彼は伝統的な日本美術の技術的完成度と、時代を先取りした革新性を兼ね備えており、日本美術史において極めて重要な位置を占める画家として評価されています。
現代においても、河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)の作品は国際的に高い評価を受けており、大規模な回顧展の開催や関連書籍の出版は、その市場価格にも影響を与えています。 「猫又図(ねこまたず)」のような妖怪画は、彼の多岐にわたる画業の中でも特に独創性と発想力が見られる分野であり、彼の「画鬼(がき)」たるゆえんを現代に伝える重要な作品群の一つとして位置づけられています。