柚木沙弥郎
「NHK日曜美術館50年展」にて展示される柚木沙弥郎(ゆのき さみろう)の作品《いのちの樹》(いのちのき)は、2018年に型染(かたぞめ)の技法を用いて絹に染め上げられ、松本市美術館(まつもとしびじゅつかん)に所蔵されています。本作品は、柚木沙弥郎が長年にわたり追求してきた自由な表現と、民藝(みんげい)の精神が融合した、彼の創作活動における重要な一面を示すものです。
柚木沙弥郎は1922年に洋画家である父、柚木久太(ゆのき きゅうた)の次男として東京に生まれ、幼少期から芸術が身近な環境で育ちました。終戦後、岡山県倉敷市(くらしきし)の大原美術館(おおはらびじゅつかん)に勤務していた際に、民藝運動の創始者である柳宗悦(やなぎ むねよし)の思想に触れ、型染の第一人者である染色家・芹沢銈介(せりざわ けいすけ)に師事(しじ)し、染色の道を志しました。彼の創作の根底には、「自分がおもしろいと思うものを、自分を信じてつくるだけ」という、純粋で揺るぎない姿勢が一貫してあります。特に東日本大震災以降は、「いのち=生きること」の再考を迫られる現代社会に対し、命が続く限り創造し続けるという強い決意と誇りを込めた「いのちの旗じるし」というテーマを掲げ、精力的に作品を生み出してきました。本作《いのちの樹》は2018年に制作されており、90代後半という円熟期における彼の「いのち」への深い眼差しと、創造への情熱が込められた作品であると推測されます。
本作に用いられている型染は、日本の伝統的な染色技法の一つです。型染の制作は、まず柿渋(かきしぶ)を塗って丈夫にした渋紙(しぶがみ)などに、意図する模様を彫り抜いて型紙を作ることから始まります。次に、この型紙を布の上に置き、もち米や糠(ぬか)を練り合わせた防染糊(ぼうせんのり)を均一に塗布(とふ)します。糊が置かれた部分は染料が染み込むのを防ぐため、後で洗い流すとその部分が白く残り、鮮やかな模様が浮き上がる仕組みです。その後、染液を刷毛(はけ)で塗るか、布を染液に浸すなどして染色が行われます。最後に、蒸しや水洗いの工程を経て糊を落とし、乾燥させて作品が完成します。柚木沙弥郎の型染作品は、絹などの素材に自由でユニークなモチーフを大胆な構図で配置し、混色せずに鮮やかな色彩を表現しているのが特徴です。特に「柚木レッド」と称される鮮烈な赤色をはじめとする豊かな色彩は、作品に伸びやかで活力に満ちたテクスチャーを与えています。
作品名である「いのちの樹」というモチーフは、世界中の多くの神話、宗教、民話に共通して見られる普遍的なシンボルです。一般的に「生命の樹」は、生命の源、すべての生命のつながり、天と地のつながり、そして再生、不死、知恵、強さ、長寿、バランス、調和などを象徴すると考えられています。旧約聖書のエデンの園の中央に置かれた「いのちの木」は、神の臨在や命の源を象徴するとも解釈されます。柚木沙弥郎の作品世界は、「生きる喜びや躍動する生命観」に満ちていると評されており、彼が晩年に掲げた「いのちの旗じるし」というテーマとも深く共鳴しています。本作《いのちの樹》は、東日本大震災後の社会状況における「生きること」への問いかけや、作家自身が命続く限り創造を続けるという決意と誇りを、象徴的な「いのちの樹」のモチーフに託して表現したものと推察されます。おおらかで伸びやかな線と形、そして鮮やかな色彩は、鑑賞者に対し生命の尊さや、今を慈しむことの大切さを訴えかける主題を内包していると考えられます。
柚木沙弥郎は、民藝運動から出発し、師である芹沢銈介に学んだ型染の技法を基盤としながらも、その枠を超えて独自の感性で表現の世界を広げました。彼の作品は、伝統的な型染め技法を用いつつも現代感覚あふれる大胆な色彩と図柄によって、国内外で高く評価されてきました。1958年にはブリュッセル万国博覧会で型染壁紙が銅賞を受賞し、日本の染色界における第一人者としての地位を確立しました。近年では、フランス国立ギメ東洋美術館に多くの作品が収蔵されるなど、その芸術性は国際的にも認められています。また、日本民藝館で開催された彼の展覧会は過去最多の入館者数を記録するなど、老若男女を問わず幅広い層から高い関心と支持を集めています。柚木沙弥郎は、型染めに留まらず、版画、絵本、人形、ガラス絵、立体造形など多岐にわたる創作活動を展開し、伝統工芸という枠にとどまらないアート表現の可能性を切り開いてきたと評価されています。彼の自由でユーモラスな形態と色彩が織りなす生命力あふれる作品世界、そして「人生に面白みを感じるかが、ミソだよ」という言葉に代表される哲学は、後世の多くのアーティストや人々に、創作や生き方に対する深い示唆を与え続けています。