野見山暁治
「NHK日曜美術館50年展」で紹介される野見山暁治(のみやまぎょうじ)の作品「震災(しんさい)スケッチブック」は、2011年に制作された、鉛筆やサインペンなどを用いて紙に描かれた一連のドローイングであり、福島県立美術館に収蔵されています。この作品は、同年3月11日に発生した東日本大震災(ひがしにほんだいしんさい)という未曽有(みぞう)の災害に対する野見山(のみやま)の直接的な応答を示すものとして、その芸術的営為(えいぎょう)の根源にある人間と自然への深い洞察(どうさつ)が凝縮されています。
野見山暁治は、第二次世界大戦(だいにじせかいたいせん)における自身の戦争体験(せんそうたいけん)から、多くの友人を亡くしたことへの後ろめたさや鎮魂(ちんこん)の念を抱き続け、戦没画学生(せんぼつががくせい)の遺作を集める「無言館(むごんかん)」の設立にも尽力(じんりょく)するなど、常に人間の苦しみや歴史的(れきしてき)な出来事に対し真摯(しんし)に向き合ってきた画家です。2011年の東日本大震災(ひがしにほんだいしんさい)発生後、野見山は「已(や)むに已(や)まれぬ」気持ちから、被災地(ひさいち)を自ら訪れ、荒廃(こうはい)した光景や自然が作り出した異様な形態を目の当たりにしました。この体験を通じて、彼は人間の知恵が生み出した原発(げんぱつ)の脆(もろ)さ、そして人間が自然にあまりにも深く手を染めたことへの強い危機感と怒りを感じたといいます。このような背景から制作された「震災スケッチブック」は、単なる写実的な記録ではなく、野見山の内面に渦巻(うずま)く感情や、災害が露呈(ろてい)させた人間と自然の本質(ほんしつ)に対する根源的な問いを表現しようとする意図があったと推測されます。
「震災スケッチブック」は、鉛筆(えんぴつ)やサインペンなどを主な素材として紙に描かれています。野見山は油彩画(ゆさいが)で知られていますが、この作品に用いられた描画材(びょうがざい)や支持体(しじたい)は、素早く直接的な表現を可能にするものです。スケッチブックという形式は、画家が現場で、あるいは記憶が鮮明なうちに、直接的な印象や感情を捉えるのに適しています。鉛筆(えんぴつ)やサインペンによる線描(せんびょう)は、災害の状況や心の動きを即座に紙の上に定着させる手段として選ばれたと考えられます。これらの素材は、荒々しさや生々しさ、あるいは刹那的(せつなてき)な感情を率直に表現する上で、画家の緊迫した心境(しんきょう)と響き合うものであったと推察されます。
作品名が示す通り、「震災スケッチブック」は2011年の東日本大震災(ひがしにほんだいしんさい)という具体的な出来事をモチーフとしています。野見山の作品はしばしば、具象(ぐしょう)を超えて自然の本質(ほんしつ)や心象(しんしょう)を表現しようとしますが、このスケッチブックもまた、単に被災地(ひさいち)の風景を描写(びょうしゃ)するに留まらず、災害によって引き起こされた破壊(はかい)と再生、人間の無力感(むりょくかん)と生命力(せいめいりょく)、そして自然の圧倒的(あっとうてき)な存在(そんざい)といった、より普遍的(ふへんてき)な主題(しゅだい)を追求していると考えられます。彼が抱いた「怒り」は、災害そのものへの感情だけでなく、人間が自然に対して行ってきたことへの警鐘(けいしょう)という意味も込められていたと解釈(かいしゃく)できるでしょう。この作品は、見る者に災害の記憶を呼び起こすと同時に、自然と人間との関係性について深く思考(しこう)を促(うなが)す意味を持つといえます。
野見山暁治は102歳(ひゃくにさい)で生涯(しょうがい)を閉じるまで精力的に創作活動(そうさくかつどう)を続け、安井賞(やすいしょう)や文化勲章(ぶんかくんしょう)など数々の栄誉(えいよ)に輝(かがや)いた日本を代表する洋画家(ようがが)の一人です。彼の作品は、時代と共に変化する作風(さくふう)の中にも、一貫(いっかん)して「野見山(のみやま)らしさ」が感じられると評価されています。東日本大震災(ひがしにほんだいしんさい)という国家的な悲劇(ひげき)に際し、彼が現地(げんち)に赴(おもむ)き、その体験を直接的に作品に昇華(しょうか)させたことは、芸術家(げいじゅつか)の社会(しゃかい)に対する関与(かんよ)の姿勢を示すものとして、当時の美術界(びじゅつかい)においても注目を集めました。特に、「震災スケッチブック」のような災害(さいがい)を主題(しゅだい)とした作品は、単に美的な鑑賞(かんしょう)の対象(たいしょう)に留まらず、歴史の証人(しょうにん)として、また人間の記憶(きおく)と経験(けいけん)を後世(こうせい)に伝える重要な役割(やくわり)を担うものとして、現代(げんだい)において再評価(さいひょうか)される意義(いぎ)を持つと考えられます。彼の生涯(しょうがい)にわたる芸術(げいじゅつ)への真摯(しんし)な姿勢と、社会(しゃかい)や人間(にんげん)への深い洞察(どうさつ)は、後進(こうしん)の芸術家(げいじゅつか)たちにも多大な影響(えいきょう)を与え続けています。