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「突然の死」連作(『リモージュ典礼式時祷書』)

ジル(&ジュール)・アルドゥアン出版

NHK日曜美術館50年展で展示される「突然の死」連作(『リモージュ典礼式時祷書』)は、1510年頃にジル(&ジュール)・アルドゥアン出版によって木版で制作され、紙に印刷された作品です。この連作はTTTコレクションに収蔵されており、当時のヨーロッパにおける生と死の深い思索を伝える重要な美術品です。

背景・経緯・意図

この作品が制作された16世紀初頭は、活版印刷術が普及し、書物が広く一般の人々にも流通し始めた時代です。ジルとジュール・アルドゥアンは、当時のパリで時祷書(じとうしょ)の主要な出版業者として知られていました。時祷書とは、聖職者ではない一般信徒が日々の祈りのために用いた私的な祈祷書であり、聖務日課書を簡略化したものです。13世紀から16世紀にかけて広く普及し、福音書の抜粋、聖母マリアへの祈り、回心の七詩篇、死者のための聖務などが含まれていました。

「突然の死」連作に描かれている主題は、中世後期からルネサンス期にかけてヨーロッパで流行した「死の舞踏」(ダンス・マカブル)の主題と深く関連しています。このモチーフは、14世紀中頃にヨーロッパを襲った黒死病(ペスト)の大流行を背景に広まり、死が社会的な身分や貧富の差を超えて誰にでも平等に訪れるという思想を視覚的に表現したものです。時祷書にこうした「死の舞踏」の図像が挿絵として組み込まれた意図は、読者である信徒に自身の死を常に意識させ、「メメント・モリ」(死を想え)という教訓を通じて、敬虔な信仰生活を送るよう促すことにあったと推測されます。

技法や素材

本作品は「木版/紙」という素材と技法で制作されています。16世紀初頭の書籍の挿絵においては、木版画が主流でした。木版画は、文字を印刷するための活版と組み合わせて用いることが容易であり、量産に適していたため、多くの印刷物に採用されました。

木版画の制作では、絵柄が彫られた木版にインクを塗り、紙に圧力をかけて転写します。彫り残された部分が印刷される凸版(とっぱん)の技法であり、その特性上、比較的力強い線と素朴な表現が特徴となります。当時の出版業者であったアルドゥアンらは、専門の木版彫師や画家と協力してこれらの図版を制作したと考えられます。精緻な表現が可能な銅版画が普及する以前は、木版画が視覚情報を伝える重要な手段でした。

意味

「リモージュ典礼式時祷書」という名称は、その祈祷文がリモージュの典礼様式に則っていることを示唆しています。リモージュは中世からエマイユ(七宝)などの工芸で知られる都市ですが、時祷書の主要な制作地はパリであったため、物理的な制作地というよりは、典礼上の地域性を指すものと考えられます。

作品名の「突然の死」連作は、「死の舞踏」のテーマ性を如実に表しています。これは、死がいつ、いかなる形で訪れるか分からず、常にその覚悟を持つべきだという、当時の人々の死生観を反映したものです。時祷書の中でこの連作が提示されることにより、読者は祈りを通じて自己の罪を悔い改め、神の慈悲を請うことの重要性を強く認識させられたと推測されます。王侯貴族から一般市民まであらゆる階層の人々が死によって平等になるというメッセージは、中世からルネサンス期にかけての社会全体に共通する普遍的な主題でした。

評価や影響

ジルとジュール・アルドゥアン出版のような印刷業者による時祷書は、手書きの豪華な装飾写本に比べてはるかに安価で入手できたため、より多くの人々に個人的な信仰の実践を可能にしました。これにより、聖書の物語や宗教的な教訓を視覚的に伝える「死の舞踏」のようなテーマが、社会の幅広い層に浸透する大きな要因となりました。

「死の舞踏」のモチーフは、その普遍的なメッセージ性から、絵画、版画、文学、演劇、音楽など、後世の多様な芸術分野に影響を与え続けました。特に、ハンス・ホルバイン(子)による木版画連作「死の舞踏」は、この主題の最も有名な表現の一つとして知られています。アルドゥアン出版による「突然の死」連作も、当時の人々が共有していた死への向き合い方や、来世への希望といった精神性を象徴する作品として、その時代の美術史において重要な位置を占めると考えられます。印刷技術の発展とともに普及したこれらの図像は、中世の信仰とルネサンス期の人間性の探求が交差する、重要な文化的な証言として評価されています。