オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

死の図像(ハルトマン・シェーデル『年代記』ラテン語版より)

ミヒャエル・ヴォルゲムート ヴィルヘルム・プライデンヴルフ

NHK日曜美術館50年展に展示されるミヒャエル・ヴォルゲムートとヴィルヘルム・プライデンヴルフによる「死の図像(ハルトマン・シェーデル『年代記』ラテン語版より)」は、1493年に刊行された『年代記』(ニュルンベルク年代記)に収められた木版画作品です。この作品は、中世末期からルネサンス期にかけて広く親しまれた「死の舞踏」の寓意(ぐうい)を描き出しています。

背景・経緯・意図

本作品が収められている『年代記』(ニュルンベルク年代記)は、1493年にドイツのニュルンベルクで、医師であり人文主義者でもあったハルトマン・シェーデルによってラテン語で著されました。当時、活版印刷術が普及し始めた時期にあって、この書物は、創世記から著者自身の時代までの世界の歴史・地理に関する出来事を網羅した大部の出版物であり、当時の出版界における画期的な事業でした。 挿絵は、ニュルンベルクを代表する画家であり、後にアルブレヒト・デューラーの師となるミヒャエル・ヴォルゲムートと、その義理の息子であるヴィルヘルム・プライデンヴルフが手掛けました。彼らは1487年から1488年頃に挿絵制作の依頼を受け、1491年には追加の挿絵に関する契約が結ばれています。 「死の図像」は、14世紀中頃にヨーロッパで黒死病(ペスト)が大流行し、戦乱も頻発したことを背景に、人々が死と向き合う中で広く浸透した「死の舞踏」(ダンス・マカーブル)と呼ばれる寓意的なテーマを扱っています。 このモチーフは、「メメント・モリ」(死を想え!)という言葉に象徴されるように、生者に対して死の普遍性と平等性を説き、あらゆる身分の人間が死から逃れられないことを視覚的に訴えかける意図がありました。

技法や素材

本作品は木版画(もくはんが)の技法を用いて紙に刷られています。 木版画は、版木に彫刻刀などで図像を彫り込み、インクを塗って紙に転写するリリーフ(凸版)印刷の一種です。これにより、同じ図像を複数枚印刷することが可能となり、中世後期の印刷物において広く用いられました。 『年代記』全体では、1809個もの豊富な挿絵や地図が収められていますが、実際に使用された版木は645個であったとされます。これは、同じ版木を異なる人物や都市の描写に反復して使用するなど、効率的な制作が行われたことを示しています。例えば、224人の皇帝や国王の肖像を示すために44個の版木が、198名の教皇のために28個が、69の都市を表すために22個の版木が繰り返し用いられたと記録されています。 このような制作体制は、当時の印刷工房における高度な組織力と技術力を示していると言えるでしょう。現存する『年代記』の中には、印刷後に手作業で彩色(さいしょく)が施されたものも多く見られますが、これは専門の彩色業者によって行われたと推測されます。

意味

「死の図像」は、中世末期からルネサンス期にかけて流行した「死の舞踏」(ダンス・マカーブル)という寓意的な主題に基づいています。 このモチーフは、擬人化された「死」(骸骨(がいこつ)やミイラとして描かれることが多い)が、教皇、皇帝、国王、騎士、商人、農民、子供など、あらゆる身分や年齢の人々の手を取り、墓場へと導く様子を表現します。 作品が伝える中心的な意味は、死が身分や貧富の差を超えてすべての人に平等に訪れるという普遍的な真理です。 これは、黒死病の猛威によって多くの人命が失われた時代において、人々の間に深く根差した死生観を反映しており、現世(げんせ)の栄華(えいが)がはかないものであることを強く示唆しています。また、生者に対して常に死を意識し、精神的な準備を促す「メメント・モリ」の教訓を伝える役割も担っていました。

評価や影響

ミヒャエル・ヴォルゲムートとヴィルヘルム・プライデンヴルフが手掛けた『年代記』の挿絵は、15世紀末のドイツにおける印刷技術と木版画表現の到達点を示すものとして高く評価されています。 この書物は、当時の印刷業者アントン・コーベルガーによって刊行され、その大規模な出版は当時のベストセラーとなり、ヨーロッパ全土に広く流布(るふ)しました。 豊富な図像と詳細な記述は、人々に世界の知識と歴史を視覚的に提供し、初期印刷本(インキュナブラ)の中でも最も有名かつ重要な作品の一つとして位置づけられています。 ヴォルゲムートは、後にドイツ・ルネサンスを代表する巨匠となるアルブレヒト・デューラーの師でもあり、デューラーも『年代記』の挿絵制作に携わった可能性があると指摘されています。 このことは、本作品が後世の版画芸術、特にドイツにおける版画の発展に与えた影響の大きさを物語っています。また、「死の舞踏」という主題は、ハンス・ホルバイン(子)の木版画連作など、後世の多くの芸術家によって繰り返し描かれ、美術史において重要なテーマとして受け継がれていきました。 『年代記』は、単なる歴史書としてだけでなく、当時の人々の世界観や死生観、そして印刷術の発展を伝える貴重な文化遺産として、今日でも研究され続けています。