マールテン・デ・フォス 下絵、ラファエル・サーデレル版刻&出版
NHK日曜美術館50年展に展示されるマールテン・デ・フォス(Maarten de Vos)の下絵、ラファエル・サーデレル(Raphael Sadeler)版刻(はんこく)&出版による「ソドムとゴモラの滅亡(炎上)」(「旧約聖書の中の罪人」4枚組のうち)は、1583年にエングレーヴィング/紙で制作された作品であり、TTTコレクションに所蔵されています。この版画は、旧約聖書に記された神の裁きによって滅びゆく都市の様子を劇的に描き出しており、当時の宗教的・社会的背景を色濃く反映しています。
この作品が制作された1583年当時、フランドル地方(現在のベルギーを含むネーデルラント南部)はスペイン・ハプスブルク家の支配下にあり、宗教改革の嵐が吹き荒れていました。特にアントウェルペン(Antwerp)は、1581年から1585年にかけてカルヴァン派の一時的な支配を受けましたが、その後再びカトリックの支配下に戻るという激動の時代を経験しています。この時期、聖像破壊運動によって荒廃した教会を再建し、カトリックの教義を再確認する対抗宗教改革運動が活発化しており、宗教的な主題の作品への需要が高まっていました。
下絵を描いたマールテン・デ・フォス(1532-1603)は、アントウェルペンで活躍した重要なフランドルの画家であり、ピーテル・ブリューゲル(Pieter Bruegel)とピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens)の間の世代を繋ぐ存在として知られています。彼は父ピーテル・デ・フォスやフランス・フロリス(Frans Floris)に学び、1550年代にはイタリアへ渡り、ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアでマニエリスム様式やヴェネツィア派の色彩感覚を取り入れたと推測されています。特にティントレット(Tintoretto)の工房で働いた可能性も指摘されています。1558年にはアントウェルペンの聖ルカ組合(ギルド)の親方となり、絵画だけでなく、版画の下絵画家としても非常に多くの作品を手がけました。
この版画の版刻と出版を担当したラファエル・サーデレル(Raphael Sadeler I)は、著名な版画家の一族であるサーデレル家の一員であり、当時のヨーロッパにおける版画芸術の普及に大きく貢献しました。当時の版画制作は、画が(したがき)を描く画家と、それを金属板に彫り込む版刻師、そして印刷・流通を担う出版社の共同作業によって行われることが一般的でした。
「旧約聖書の中の罪人」と題された4枚組のシリーズの一部として「ソドムとゴモラの滅亡」が制作された意図は、旧約聖書に登場する罪深き者たちの物語を通して、人々に神の教えや戒めを伝え、道徳的・倫理的な教訓を示すことにあったと考えられます。これは、宗教的なメッセージを広く民衆に伝えるための有効な手段であり、対抗宗教改革期の宗教教育の文脈と深く結びついていたと推測されます。
本作品に用いられている「エングレーヴィング」は、銅版画の一種である凹版(おうはん)技法(ほう)の一つで、版画技法の中でも最も歴史が古いものの一つです。この技法は、ビュラン(burin)と呼ばれる断面がV字型や菱形をした鋭利な彫刻刀を用いて、直接金属板(主に銅板)に線を彫り込んで製版します。
エングレーヴィングの特徴は、その冷たく硬質でシャープな線にあります。ビュランで彫り進められた線は、始まりと終わりが細く、線の中ほどが太くなる傾向があり、非常に緻密で明確な表現が可能です。 ドライポイントのようなまくれ(ばり)や、エッチング(腐食銅版画)のような腐食による線の崩れがなく、クリアな描写が得られます。 しかし、抵抗の大きいビュランを自在に操り、髪の毛ほどの細い線から様々な太さの線を彫刻するには、相当な熟練と高度な技術を要します。
素材としては「紙」が用いられ、彫り込まれた溝にインクを詰めてプレス機で強く圧力をかけることで、紙に図像が転写されます。 15世紀にドイツで金細工職人の技術から誕生したとされるエングレーヴィングは、当初は高価な素材と高い技術が必要とされたため、王侯貴族や富裕層の鑑賞・収集のために制作されました。 デ・フォスの下絵をサーデレルが精緻なビュラン技法で忠実に再現したことは、当時の版刻師の卓越した技術水準を示しています。
この作品の主題である「ソドムとゴモラの滅亡」は、旧約聖書の「創世記」18章から19章に詳しく記された物語に基づいています。 ソドムとゴモラは、その住民たちの罪深さと悪徳のゆえに、神の怒りによって天からの硫黄(いおう)と火で滅ぼされた都市として描かれています。
聖書によれば、これらの都市の罪は多岐にわたり、「高慢(こうまん)」「食物に飽(あ)き安閑(あんかん)と暮らして乏(とぼ)しい者の世話をしなかったこと」などが挙げられています。 また、「不自然な肉欲」や「同性間の性行為に対するレイプ」がソドムの罪の主要な理由として、古くから多くの解釈で指摘されており、「ソドミー」という言葉の語源にもなっています。
物語では、預言者アブラハムの甥(おい)であるロトとその家族は、神の使い(天使)によって都市から逃れるよう警告されます。逃げる際に「決して後ろを振り返ってはならない」という神の命令をロトの妻が破り、塩の柱(しおのばしら)に変えられたというエピソードも有名です。
デ・フォスとサーデレルによるこの作品は、燃え盛る都市と逃げ惑う人々を通じて、神の絶対的な裁きと罪の恐ろしさを象徴的に表現しています。見る者に対して、倫理的な行動と信仰の重要性を強く訴えかける、道徳的(どうとくてき)な警告としての意味が込められていると考えられます。
マールテン・デ・フォスは、16世紀後半のフランドル美術において非常に多作な画家であり、特に版画の下絵制作者として絶大な評価を得ていました。 彼の作品は、当時のフランドル絵画がマニエリスム様式からバロック様式へと移行する重要な時期に位置しています。
ラファエル・サーデレルと彼の一族は、その精緻な版刻技術と広範な出版活動によって、ヨーロッパ全土にデ・フォスのデザインを含む多くの図像を広めました。 版画は、当時の人々にとって、遠隔地の芸術家の作品を知るための重要な手段であり、また聖書物語や宗教的教訓を視覚的に学ぶための教材でもありました。
この「ソドムとゴモラの滅亡」のような聖書主題の版画は、対抗宗教改革期のカトリック教会による信仰復興運動の中で、人々の信仰心を高め、道徳的な規範を浸透させる上で大きな影響力を持ったと考えられます。 また、デ・フォスの構図や人物描写は、後続の世代の画家たちや版画家たちにも影響を与え、フランドル美術における物語性豊かな表現の発展に寄与しました。
この作品は、16世紀後半のフランドルにおける芸術家と版刻師の協力体制、そして宗教的メッセージを大衆に伝える版画の役割を示す、美術史的に重要な位置づけを持つものと言えるでしょう。