マティアス・ゲールング
「NHK日曜美術館50年展」において、マティアス・ゲールングの木版画「第一のラッパ(セバスティアン・マイアー『黙示録註解』木版挿絵連作より)」が展示されています。本作品は1544年から1558年にかけて制作され、現在は町田市立国際版画美術館に所蔵されており、16世紀ドイツにおける宗教改革の時代の精神と美術的表現を伝える貴重な一点です。
本作品が制作された16世紀半ばのドイツは、マルティン・ルターによる宗教改革が隆盛を極め、旧教と新教が激しく対立する時代でした。マティアス・ゲールングは、バイエルン地方のネルトリンゲンに生まれ、1525年頃からはラウインゲンを拠点に活動していました。 彼は、新教(プロテスタント)を信仰していたプファルツ=ノイブルク公爵オットー・ハインリヒ(1502-1559年)の庇護(ひご)を受け、写本聖書、タペストリー、壁画などの制作を手がけました。
本作品は、オットー・ハインリヒ公爵の命により、改革派の説教師セバスティアン・マイアーが著した『黙示録註解(もくしろくちゅうかい)』の挿絵連作の一部として制作されました。 当時、『ヨハネの黙示録』は、終末論的な不安や希望が人々の間で広く共有されていたため、多くの芸術家にとって魅力的な主題でした。 ゲールングの連作には、『黙示録』の場面だけでなく、カトリック側を風刺(ふうし)する強烈な諷刺(ふうし)的場面も組み合わされている点が特徴とされます。 これは、プロテスタントの教義を視覚的に解説し、旧教への批判を明確にするという、当時の宗教改革におけるプロパガンダとしての意図が込められていたと考えられます。
ゲールングは、16世紀前半にドナウ川流域で活動した「ドナウ派」と呼ばれる一群の画家に位置づけられます。 ドナウ派は、森林の多い地域の神秘的で浪漫(ろうまん)的な風景の中に、自然と人間との交感をドラマチックに描くことを特色とし、厳格さよりも繊細で自由、主観的な表現を重視しました。 この画派のロマンチシズムは、絵画全体の「雰囲気」や「気分」を大切にする点で共通しており、人物画よりも風景画が重要であるかのように見える作品も存在します。
「第一のラッパ」は木版画(もくはんが)という技法で、紙に刷られています。 木版画は、16世紀のドイツにおいて、アルブレヒト・デューラーによる革新や宗教改革運動の中で、その技術が最盛期を迎えました。 グーテンベルクの活版印刷の発明により、文字は活版で印刷され、絵の部分には木版画が用いられ、多部数の出版が可能となりました。 これにより、聖書のような書物の挿絵として、複雑な内容を広く民衆に伝える強力な手段となりました。
木版画は、版木(はんぎ)の浮き上がった部分にインクをつけ、紙に転写する凸版画(とっぱんが)の一種です。この技法は、線が力強く、明確なコントラストを生み出しやすいという特徴があります。ゲールングは、この木版画の特性を活かし、黙示録の劇的な場面や細部までを表現豊かに描写しています。彼の作品は、当時の版画技術の高さと、作者が素材の特性を熟知していたことを示唆(しさ)しています。
作品の主題である「第一のラッパ」は、『ヨハネの黙示録』第8章に記述される七つのラッパ吹きのうちの一つです。 この場面では、「血の混じった雹(ひょう)と火とが生じ、地上に投げ入れられ、地上の三分の一が焼け、木々の三分の一が焼け、すべての青草も焼けてしまった」という、地上への神の裁きが描かれます。
『ヨハネの黙示録』におけるラッパの音は、神の民の祈りに応えて神が歴史に介入する「裁きの先触れ」を意味するとされています。 これらの裁きは、手遅れになる前に地上に住む人々を悔い改めさせるための警告としての役割も持っていました。 ゲールングがこの場面を描いた時代は、宗教改革による混乱が続き、人々が終末論的な思想に強く関心を寄せていた時期と重なります。 彼の作品は、聖書の記述を忠実に、かつドラマチックに視覚化することで、当時の人々の宗教的感情や終末への不安を喚起し、信仰への向き合い方を問うものであったと考えられます。また、裁きが地上の「三分の一」に限定されていることは、部分的な裁きであり、悔い改めの機会が与えられていることの象徴とも解釈できます。
マティアス・ゲールングの「黙示録註解」連作は、その発表当時、宗教改革の思想を広める上で重要な役割を果たしました。 木版画は複製が容易であり、当時の最も効果的な情報伝達手段の一つであったため、ゲールングの作品は、セバスティアン・マイアーの神学的解釈を視覚的に多くの人々に届けることに貢献したと考えられます。 特に、黙示録の描写とカトリックへの諷刺を組み合わせた手法は、プロテスタント側のメッセージを強く印象づけるものでした。
現代において、ゲールングは、同時代のアルブレヒト・デューラーほど国際的に知られているわけではありませんが、16世紀ドイツの版画家として、またドナウ派の画家の一人として、美術史において重要な位置を占めています。 彼の作品は、デューラーの「ヨハネの黙示録」連作が後の黙示録のイメージに決定的な影響を与えたように、同時代の画家たちや後世の宗教美術、特に版画における黙示録の図像表現に影響を与えたと推測されます。
ゲールングのドナウ派に属する画家としての特徴、すなわち風景描写におけるロマンチシズムや、物語性を強調する表現は、当時のドイツ美術における独自の展開を示しています。 彼の作品は、宗教改革期のドイツにおける版画芸術の多様性と、宗教的・政治的メッセージを視覚的に伝える力の証として、現在も研究の対象とされています。町田市立国際版画美術館のような専門機関に収蔵され、展示されることは、その美術史的価値と影響が現代においても高く評価されていることの証と言えるでしょう。