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屠殺者としての死、1831年、パリの仮面舞踏会におけるコレラの登場

アルフレート・レーテル

この展覧会「NHK日曜美術館50年展」で紹介されているアルフレート・レーテル作「屠殺者としての死、1831年、パリの仮面舞踏会におけるコレラの登場」は、1851年に木版画として制作されました。この作品は、死神がコレラを伴ってパリの仮面舞踏会に現れるという、象徴的かつドラマティックな情景を描いています。町田市立国際版画美術館に所蔵されています。

背景・経緯・意図

本作品が描かれた19世紀半ばは、ヨーロッパ全域で産業革命の進展と都市化が進み、同時に貧困や公衆衛生の問題が深刻化していました。特にコレラは、1830年代からヨーロッパで大流行を繰り返し、多くの人々の命を奪った恐ろしい病でした。作品のタイトルにある「1831年」は、パリでコレラが大流行し、多くの犠牲者を出した年を指しており、当時の社会に蔓延(まんえん)していた死への恐怖や不安を色濃く反映していると考えられます。作者アルフレート・レーテル(Alfred Rethel, 1816-1859)は、ドイツ・ロマン主義の画家であり、特に死を主題とした作品を多く手がけました。彼の作品には、死生観や道徳的なテーマが込められていることが多く、本作品もまた、避けられない死の訪れと、それに対する人間の無力さを寓意(ぐうい)的に表現しようとした意図があると推測されます。

技法や素材

「屠殺者としての死」は、木版(もくはん)画として制作されました。木版画は、木材の版木(はんぎ)を彫刻刀などで彫り、インクを塗って紙に転写する版画技法です。19世紀半ばのヨーロッパにおいて、木版画は新聞や雑誌の挿絵としても広く利用され、物語性のある表現に適していました。レーテルの木版画は、緻密(ちみつ)な線描と大胆な明暗の対比を特徴としています。本作品においても、死神の姿や仮面舞踏会の喧騒(けんそう)が細部まで描写されており、その一方で、死神の圧倒的な存在感が力強いコントラストで表現されています。これは、作者が木版画の持つ表現力を最大限に引き出し、作品の主題である死の恐怖と荘厳さを視覚的に強調しようとした工夫と考えられます。

意味

作品の主要なモチーフである「死」は、古くから美術において普遍的な主題であり、人間の運命や有限性を象徴してきました。この作品では、死が「屠殺者(とさつしゃ)」として、つまり暴力的に命を奪う者として描かれており、当時のコレラの猛威(もうい)がもたらした衝撃と結びついています。また、死神が仮面舞踏会に現れるという設定は、生と死、歓楽と悲劇の対比を際立たせています。仮面舞踏会は、一時的な享楽や世俗的な快楽の象徴であり、そこに死が闖入(ちんにゅう)することで、人生の儚(はかな)さや、いかなる者も死からは逃れられないという厳粛なメッセージが込められていると考えられます。コレラという具体的な病の象徴として描かれた死神は、当時生きていた人々にとって、より直接的で切実な意味を持っていたでしょう。

評価や影響

アルフレート・レーテルの作品は、彼が生きた時代において、その劇的で象徴的な表現が高く評価されました。特に「屠殺者としての死」は、コレラという具体的な社会問題を主題としながらも、普遍的な死生観を問いかける作品として、多くの人々に感銘を与えたとされています。この作品は、彼の代表作の一つとして美術史に位置づけられており、19世紀ドイツ・ロマン主義における木版画表現の到達点を示すものと考えられています。また、彼の作品は、後に象徴主義(しょうちょうしゅぎ)や表現主義(ひょうげんしゅぎ)の画家たちにも影響を与えたと推測され、死や社会問題を主題とする芸術表現の一つの系譜(けいふ)を形成する上で重要な役割を果たしました。現代においても、この作品は、疫病と人間の関係、そして死という普遍的なテーマを考察する上で、重要な視点を提供する作品として評価されています。