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環瓢簞

本郷真也

NHK日曜美術館50年展に出展された本郷真也氏の作品「環瓢簞(かんひょうたん)」は、2017年に制作された鉄製の彫刻であり、現在は個人が所蔵しています。この作品は、伝統的な瓢簞(ひょうたん)のモチーフを、鍛金(たんきん)という古くからの金属工芸技法と現代的な感性で表現した一作です。

背景・経緯・意図

本郷真也氏(1984年生まれ)は、千葉県を拠点に活動する鍛金作家(ちょうきんさっか)であり、東京藝術大学大学院美術研究科鍛金専攻を修了しています。彼の作品は主に鉄を素材とし、動植物などをモチーフにした彫刻を手掛けています。本郷氏は、鉄が錆(さ)び、朽ちていく特性に生命の摂理(せつり)を重ね合わせていると語っています。移ろう時の中で絶えず変化し続けることこそが生命の美しさであり、尊さであり、輝きであるという彼の哲学が、鉄という素材を通じて表現されています。彼は、素材と真摯(しんし)に対話し、槌(つち)をふるい、形をつくっていく過程で生命の本質を表出させることを常に意識していると述べています。 本作「環瓢簞」の制作においては、古くから一枚の金属板を叩き延ばして立体を成形する「一枚絞り」と呼ばれる鍛金技法の難題に、本郷氏が挑戦した経緯があります。特に、明治時代に活躍した金工家(きんこうか)である山田宗美(やまだそうび)が手掛けた一枚打出しの瓢簞は、以降百年もの間、誰も制作し得なかったとされており、本郷氏は現代の鉄作家としてその高度な技術に挑み、単なる模倣(もほう)ではない独自の表現を試みています。作品名にある「環(かん)」は、この一枚絞りによる連続的な造形、あるいは生命の循環を表すものと推測されます。

技法や素材

「環瓢簞」は鉄を素材としており、本郷氏が専門とする鍛金技法が用いられています。鍛金とは、金属板を熱して叩き、絞り延ばすことで立体的な形を成形する伝統的な工法です。本郷氏は、この鍛金技法を軸に、彫金(ちょうきん)や象嵌(ぞうがん)といった他の金属工芸技術も併用して制作を行っています。 本作の大きな特徴は、一枚の鉄板から瓢簞の複雑な曲線を絞り出す「一枚絞り」という非常に高度な技術が駆使されている点です。通常の金属彫刻では切断や溶接が多用されるのに対し、一枚絞りは素材そのものの塑性(そせい)を変形させることで形を創り出すため、作家の熟練した技術と素材への深い理解が求められます。本郷氏は、ホームセンターなどで一般的に入手可能な、比較的硬質な工業用鉄板であるSPCCを使用し、伝統的な超絶技巧(ちょうぜつぎこう)に現代的な素材で挑戦したとされています。これにより、素材の選定においても現代作家としての新たな視点を示しています。

意味

作品のモチーフである瓢簞は、古くから日本において吉祥(きっしょう)の象徴として親しまれてきました。その独特な、上部が細く下部が膨らんだ形状は「末広がり」として、未来への繁栄(はんえい)を意味すると考えられています。また、つるが伸びて多くの実をつけることから、子孫繁栄(しそんはんえい)や商売繁盛(しょうばいはんじょう)の願いが込められ、中が空洞でくびれた形は邪気(じゃき)を吸い込み閉じ込めるとして、魔除(まよ)けや厄除(やくよ)けのお守りともされてきました。 特に、六つの瓢簞を「六瓢(むびょう)」と読み、「無病息災(むびょうそくさい)」の語呂合わせとする風習や、三つの瓢簞を「三瓢(さんびょう)」として「三拍子(さんびょうし)揃う」という縁起の良さに繋げる文化も存在します。豊臣秀吉(とよとみひでよし)が馬印(うまじるし)に用いた「千成瓢簞(せんなりびょうたん)」は、立身出世(りっしんしゅっせ)や開運の象徴としても知られています。 本郷氏が「鉄の錆びていく特性に、生命の摂理を重ねている」と述べていることから、「環瓢簞」は、生命の象徴である瓢簞が、変化し続ける鉄という素材によって表現されることで、無常(むじょう)の美や時間の流れ、そして再生の循環といった、より深遠な主題を示唆(しさ)していると解釈されます。

評価や影響

本郷真也氏は、2013年に第52回現代工芸美術展新人賞、2016年には第55回現代工芸美術展現代工芸賞を受賞するなど、現代工芸界で高く評価されています。2018年には第34回淡水翁賞(たんすいおうしょう)最優秀賞も受賞しています。 美術商の鐘ヶ江英夫(かねがえひでお)氏は、本郷氏の作品を「100年後にも残ると確信を持った作品」と評し、「超絶技巧(ちょうぜつぎこう)の現代アート」としてその技術力と芸術性を高く評価しています。鐘ヶ江氏は、本郷氏の作品には「作家としての個性と作品の普遍性」があると述べており、完璧な技術を用いていながらも「不完全なもの」を創り出す点に魅力を感じていると語っています。これは、鉄の錆びという自然現象を作品の一部として受け入れる本郷氏の制作思想と合致する評価であると言えます。 「環瓢簞」が展示された「NHK日曜美術館50年展」は、長寿番組である「日曜美術館」が50年にわたり紹介してきた名作や作家を網羅する大規模な展覧会であり、本郷氏の作品がこの記念すべき展覧会に選出されたことは、彼が現代美術界において確固たる地位を築き、その作品が後世に語り継がれるべき価値を持つと認識されていることの証左(しょうさ)であると考えられます。彼の卓越した鍛金技術と、生命や時間に対する深い洞察(どうさつ)は、現代の金属工芸、ひいては彫刻芸術全体に新たな表現の可能性を示し、後続の作家たちにも影響を与え続けていくことでしょう。