江里佐代子
NHK日曜美術館50年展にて展示される江里佐代子(えり さよこ)の截金彩色飾筥(きりかねさいしきかざりばこ)「花風有韻(かふうゆういん)」は、1991年に制作された截金(きりかね)の作品であり、国(文化庁)によって所蔵されています。この作品は、1991年の第38回日本伝統工芸展において、日本工芸会総裁賞を受賞しました。
截金師(きりかねし)である江里佐代子(えり さよこ)は、1945年に京都市の京繍(きょうぬい)を家業とする家に生まれました。 京都市立日吉ヶ丘高等学校(ひよしがおかこうとうがっこう)美術課程で日本画を、成安女子短期大学(せいあんじょしたんきだいがく)意匠科で染色を学び、多岐にわたる芸術分野への造詣(ぞうけい)を深めました。 1971年に仏師(ぶっし)の江里康慧(えり こうけい)と結婚後、仏像に施される截金の技術に深く感銘を受け、この伝統技法に魅せられました。 そして1978年からは截金師の北村起祥(きたむら きしょう)に師事し、本格的に截金の技法を習得していきました。 本来、截金は仏像や仏画を荘厳(そうごん)するための加飾技法(かしょくぎほう)として発達しましたが、江里佐代子は截金の可能性を仏教美術の枠を超えて広げようと試みました。 飾筥(かざりばこ)や茶道具、屏風(びょうぶ)、衝立(ついたて)、壁面装飾といった現代の生活空間にも調和する工芸品へと応用することで、截金の新たな表現世界を切り開きました。 「花風有韻(かふうゆういん)」という作品名は、風に揺れる花々の繊細な美しさや、自然の中に宿る調和のとれた趣を表現しようとする、作者の詩的な感性が込められていると推測されます。
截金は、極めて薄い金箔(きんぱく)やプラチナ箔(はく)、銀箔(ぎんぱく)を数枚焼き合わせ、それを厚みのある箔(はく)にする工程から始まります。 この焼き合わせる工程により、箔に粘りと艶(つや)が生まれ、扱いやすくなります。 次に、鹿革(しかがわ)を張った裁断台(さいだんだい)の上で、竹刀(ちくとう)を用いて、髪の毛よりも細い、あるいは1ミリメートル以下の線状に箔を截(き)り出します。 線状に截られた箔だけでなく、丸、三角、菱形(ひしがた)など様々な形に切り出されることもあります。 截り出された箔を作品に貼り付ける際には、海藻(かいそう)を原料とする布海苔(ふのり)と、動物の皮を原料とする膠(にかわ)を混ぜ合わせた特殊な糊(のり)が用いられます。 熟練した職人は、両手に筆を持ち、一本の筆で水を含ませて細い箔を巻き取り、もう一本の筆で糊を引いて文様を描きながら、極めて精密に箔を貼っていきます。 「花風有韻」は、この伝統的な截金技法に彩色(さいしき)を組み合わせた飾筥(かざりばこ)であり、截金で描かれる精緻な文様と色彩が織りなす、調和の取れた美しさが特徴と考えられます。具体的な素地(そじ)の素材は明記されていませんが、飾筥には桐(きり)や神代杉(じんだいすぎ)などの木材が用いられることが多いです。
截金彩色飾筥「花風有韻」の「花風有韻」という作品名は、「花と風が織りなす趣(おもむき)」や「花が風を受けて奏でる調べ」といった、自然の情景が持つ優雅さや生命感を象徴していると考えられます。截金によって表現される細やかな線や文様は、風に揺れる花びらの軌跡、あるいは風の流れそのものを視覚化したものと解釈できます。 截金は元来、仏像や仏画を荘厳し、仏の光背(こうはい)や衣(ころも)の文様を通じて、神聖さや宇宙的な広がりを表現するために用いられてきました。 江里佐代子は、この伝統技法を飾筥という身近な工芸品に転用することで、日常生活の中に精神性の高い美意識と、自然への敬愛の念を提示しようとしました。金やプラチナの輝きは、単なる装飾に留まらず、作品に込められた主題をより深く、象徴的に表現する意味を持っていると言えるでしょう。
江里佐代子は、截金の分野において国際的にも評価される工芸家であり、2002年には諸工芸(しょこうげい)の截金部門で3人目の、そして当時最年少の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。 「截金彩色飾筥『花風有韻』」は1991年の第38回日本伝統工芸展で日本工芸会総裁賞を受賞するなど、彼女の作品は数々の公募展で高い評価を受けています。 彼女の功績は、截金が仏教美術の装飾技法としてのみならず、現代工芸として多様な表現を可能にする芸術形式であることを広く知らしめた点にあります。 茶道具や飾筥といった小品から、屏風、さらには京都迎賓館(きょうとげいひんかん)晩餐室「藤の間(ふじのま)」の舞台扉「響流光韻(こおるこういん)」のような建築空間における大規模な装飾に至るまで、その活躍は多岐にわたりました。 また、江里佐代子は、京都造形芸術大学や龍谷大学(りゅうこくだいがく)で客員教授を、東京芸術大学大学院で非常勤講師を務めるなど、截金の普及と後継者育成にも尽力しました。 彼女の活動は、一時は衰退の危機にあった截金技術の復興と、その美術史における新たな位置づけに大きく貢献したと言えます。 夫である仏師の江里康慧との二人展「仏像と截金」を開催するなど、伝統技法の原点と発展という二つの側面を伝えることにも努め、截金への認知度を高めました。 彼女の繊細で華やかな作風は、現代の工芸界に大きな影響を与え、後進の作家たちに截金の新たな可能性を示し続けています。