森口邦彦
NHK日曜美術館50年展にて紹介される森口邦彦(もりぐちくにひこ)の「友禅着物(ゆうぜんぎもの) 網代文様(あじろもんよう)」は、日本の伝統工芸である友禅染(ゆうぜんぞめ)に、幾何学的(きかがくてき)な抽象表現と現代的なデザイン思考を融合させた、染織(せんしょく)芸術の新たな可能性を示す作品です。1972年に絹(きぬ)を用いて制作され、京都国立近代美術館に所蔵されています。
森口邦彦は1941年、友禅作家で人間国宝(にんげんこくほう)である森口華弘(もりぐちかこう)の次男として京都に生まれました。京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)で日本画(にほんが)を学んだ後、1963年にフランス政府給費留学生としてパリに渡り、パリ国立高等装飾美術学校(パリこくりつこうとうそうしょくびじゅつがっこう)でグラフィックデザインを専攻しました。このパリでの学びが、彼の幾何学的な表現の基礎となりました。 1967年に帰国後、父・華弘のもとで友禅の技術を習得し始めました。父が花鳥風月(かちょうふうげつ)といった古典的な美をモチーフにしたのに対し、邦彦は幾何学模様を用いたグラフィカルな表現を追求することで、友禅の概念を超える斬新なデザインを志しました。この「友禅着物 網代文様」が制作された1970年代は、彼が自身の独自の作風を確立していく時期にあたります。
本作品は、友禅着物として絹(きぬ)を素材に1972年に制作されました。友禅染は、防染糊(ぼうせんのり)を駆使して絵画的な模様を染め上げる日本の伝統的な染色技法です。森口邦彦は、父・華弘が特徴的に用いた蒔糊(まきのり)や、糸目糊(いとめのり)といった伝統的な友禅技法を継承しつつ、それらを幾何学模様や錯視的な(さくしてきな)表現に応用しました。 彼の作品の大きな特徴は、「図と地(じ)の関係のメタモルフォーゼ(変容)」と呼ばれる視覚効果です。色の濃淡(のうたん)やコントラストを段階的に変化させることで、平面であるはずの着物の布地に、まるで三次元的な奥行きや動きがあるかのような錯覚(さっかく)を生み出します。この精密な技法と計算されたデザインにより、抽象的な文様でありながらも、空間性と存在感に満ちた作品が創り出されています。
作品に用いられている「網代文様(あじろもんよう)」は、川で魚を捕るために竹や木を編んで作った仕掛けに由来する伝統的な文様です。古くから、邪気(じゃき)を払う魔除け(まよけ)や疫病除け(えきびょうよけ)の意味合いを持つとされてきました。また、編み込むという行為から「結束(けっそく)・調和(ちょうわ)・繁栄(はんえい)」といった吉祥(きっしょう)の意味も込められています。 森口邦彦がこの伝統的な網代文様を選んだ意図は、単に吉祥の意味を継承するだけでなく、その幾何学的な構成自体に美を見出し、自身のオプティカル・アート(視覚芸術)的な表現と結びつけた点にあると考えられます。歴史的な背景を持つ文様を、光の当たり方や着物の動きによって変化する現代的な視覚体験へと昇華させ、伝統と革新(かくしん)を融合する彼の姿勢がうかがえます。
森口邦彦の作品は、1970年代の制作群を含め、国内外で高い評価を受けてきました。1969年には日本伝統工芸展でNHK会長賞を受賞するなど、数々の賞に輝いています。2007年には父と同じく、友禅の分野で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、2020年には文化功労者(ぶんかこうろうしゃ)に選出されました。 彼はパリで学んだグラフィックデザインの思考と幾何学文様(きかがくもんよう)を友禅に大胆に組み合わせることで、伝統的な友禅の装飾世界に留まらない新たな創作の可能性を切り拓いたとされています。その作品は「視覚の冒険」や「オプティカル・アート」、「キネティック・アート(動く芸術)」とも評され、着物の二次元的な(にじげんてきな)表面に三次元的な(さんじげんてきな)広がりや変化をもたらす表現は、後世の作家や現代美術にも大きな影響を与えたと考えられています。彼の作品は、ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A博物館)やメトロポリタン美術館(NYメトロポリタン美術館)など、世界の主要美術館にも所蔵されており、国際的な評価を得ています。友禅が単なる工芸品ではなく、自由な芸術表現の場であることを示した点で、美術史において重要な位置を占めています。