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曲輪造盛器

坂下直大

NHK日曜美術館50年展において、漆芸家・坂下直大(さかしたなおひろ)の作品「曲輪造盛器(わがりづくりせいき)」が展示されています。この作品は1978年に制作され、漆と曲輪(わがり)の技法が用いられた国立工芸館所蔵の盛器です。

背景・経緯・意図

坂下直大は、現代の生活空間に調和する漆器の創作を追求した作家として知られています。伝統的な漆の技術と素材を継承しつつも、単なる古典の模倣に留まらず、現代的な造形感覚を取り入れた作品を多く手掛けました。この「曲輪造盛器」が制作された1970年代後半は、日本の伝統工芸が、高度経済成長を経て変容する社会の中で、その存在意義や表現の可能性を問い直していた時代と重なります。坂下は、伝統的な「曲輪(わがり)」の技法に、当時の現代的なデザイン感覚や美意識を融合させることで、漆器という工芸の新たな地平を開こうとしたと考えられます。日常の器としての機能性と、オブジェとしての鑑賞性を兼ね備えた作品を意図していたと推測されます。

技法や素材

「曲輪造盛器」は、その名の通り「曲輪造り(わがりづくり)」という伝統技法を主要な制作手法としています。曲輪造りとは、薄く削った木材を熱湯で柔らかくし、曲げて円筒形や楕円形などの器の形に成形する木工技術です。特に漆器においては、この曲げられた木地(きじ)に漆を幾重にも塗り重ねることで、強度と美しい光沢、そして耐久性を与えます。坂下は、この曲輪のしなやかな曲線美を最大限に活かしつつ、漆の質感や色合いによって、木の自然な温もりと現代的なシャープさを両立させたと考えられます。作品の形態はシンプルでありながらも、曲輪の精緻な接合や漆の塗りの技術には、作者の高度な熟練と工夫が凝らされていると推測されます。

意味

盛器(せいき)とは、食物を盛る器を指しますが、坂下直大の「曲輪造盛器」は、単なる実用品としての機能を超えた象徴的な意味を含んでいると考えられます。曲輪の円形や楕円形といった柔らかなフォルムは、日本の伝統的な美意識や、自然との調和、あるいは循環といった東洋的な思想を想起させます。また、漆という素材は、古くから呪術的な意味合いや、生命の象徴として用いられてきた歴史があります。この作品における「盛器」という名称は、単に「盛る」という行為だけでなく、空間を構成し、その場に豊かな「気」をもたらす存在としての役割を暗示しているとも考えられます。伝統的な素材と技法を用いながらも、その表現は現代的であり、時代を超えた普遍的な美を追求していると言えるでしょう。

評価や影響

坂下直大の作品、特にこの「曲輪造盛器」のような、伝統と現代を融合させたアプローチは、当時の工芸界に新鮮な息吹をもたらしました。彼の作品は、伝統工芸が生活様式の変化の中でいかに現代的な価値を見出すかという課題に対し、一つの方向性を示したと評価されています。漆器が単なる骨董品や祭事の道具としてではなく、現代のライフスタイルに溶け込むアートピースとしての可能性を持つことを実証しました。その洗練されたデザインと確かな技術は、後進の漆芸家や工芸作家にも大きな影響を与え、伝統工芸の現代化という動きを加速させました。国立工芸館に収蔵されていることからも、本作が日本の現代工芸史において重要な位置を占める作品であることがうかがえます。彼の作品は、伝統工芸が直面する現代的課題に対する示唆に富み、美術史におけるその貢献は今日においても高く評価されています。