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楓嵌装小簞笥「阿売乃宇美丹」

須田賢司

「NHK日曜美術館50年展」に出品された須田賢司氏の木竹工(もくちくこう)作品、楓嵌装(かえでかんそう)小簞笥(こだんす)「阿売乃宇美丹(あめのうみたん)」は、日本の伝統的な木工芸の精髄と現代的な感性が融合した逸品です。重要無形文化財「木工芸」保持者(人間国宝(にんげんこくほう))である須田氏が2021年に制作したこの小簞笥は、楓材(かえでざい)の持つ美しい木目を活かしつつ、高度な嵌装(かんそう)技術によって繊細な文様が施されており、個人の所蔵となっています。

背景・経緯・意図

須田賢司氏は1954年に木工芸の家に生まれ、祖父・須田桑月(すだそうげつ)、父・須田桑翠(すだそうすい)から続く三代目の木工芸家です。1973年に東京都立工芸高等学校を卒業後、父に指物(さしもの)技法を、母方の祖父である山口春哉(やまぐちはるや)氏からは漆芸(しつげい)を学びました。 幼い頃から父の仕事場を遊び場とし、日々の暮らしの中で木工芸の精神と技術を自然と身につけていったと語っています。 2014年には重要無形文化財「木工芸」保持者に認定され、人間国宝として国内外で高く評価されています。 彼の作品は、伝統的な指物技術を基礎としながらも、現代の生活空間に調和するようなモダンな清雅さ(せいがさ)を追求している点が特徴です。 本作「阿売乃宇美丹」が制作された2021年は、須田氏が円熟期を迎えていた時期にあたり、その確かな技術と独自の美意識が凝縮されていると考えられます。 「NHK日曜美術館50年展」は、長きにわたり日本の美術を紹介してきた番組の記念展であり、日本の工芸界を代表する須田氏の作品が選ばれたことは、彼の功績と作品の普遍的な価値を示すものと言えるでしょう。

技法や素材

本作品は「木竹工」に分類され、特に「嵌装」という技法が用いられています。 「嵌装」は、素材の表面に別の素材をはめ込んで模様を表現する象嵌(ぞうがん)技法の一種です。 木工芸における象嵌(もくぞうがん)は、様々な種類の天然木材を用いて絵画や図柄を作り出す木画技術であり、小田原・箱根地方では糸鋸(いとのこ)機械を使って台板に挽き抜いた模様に、同型の模様材をはめ込む技法が発達しています。 須田氏の嵌装は、異なる色合いや木目を持つ木材を緻密に組み合わせることで、絵画のような表現を生み出していると推測されます。 主要な素材として「楓」が使用されています。 楓材は木肌が美しく、緻密で加工しやすい特性を持つ一方で、乾燥に時間と手間がかかる素材です。須田氏は材料となる木材を最低10年以上かけて乾燥させるなど、素材の選定から下準備に至るまで、徹底したこだわりを持って制作に臨んでいます。 この丁寧な素材への向き合い方が、作品の耐久性と深みのある美しさを生み出していると考えられます。また、作品の外観だけでなく、内部の構造や美しさにもこだわり、金具に至るまで自ら制作するという徹底した美意識が、彼の作品の品格を際立たせています。

意味

作品名にある「小簞笥」は、衣類や小物を収納する小型の家具であり、日本の伝統的な生活の中で重要な役割を担ってきました。機能性と装飾性が一体となった工芸品として、単なる道具以上の意味を持つことが少なくありません。 「阿売乃宇美丹(あめのうみたん)」という独特の名称は、日本神話に登場する「天宇受売命(あめのうずめのみこと)」を想起させます。天宇受売命は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸(あまのいわと)に隠れた際に、神がかりの舞を披露して神々を笑わせ、世界に光を取り戻すきっかけを作ったとされる芸能の女神です。 また、古事記においては伊耶那美神(いざなみのかみ)の尿から生まれたとされる水神「弥都波能売神(みつはのめのかみ)」や、富登多多良伊須須岐比売命(ほとたたらいすすきひめのみこと)という神名も存在します。 この「阿売乃宇美丹」という言葉が直接これらの神々と結びつくかは定かではありませんが、作品に神話的な響きや、古来より日本人が大切にしてきた自然や精神性への敬意が込められている可能性は十分に考えられます。楓材の清々しさや嵌装の繊細な美しさが、神話の世界や清雅な精神性を表現していると推測できます。

評価や影響

須田賢司氏は、現代日本の木工芸を牽引する第一人者として、極めて高い評価を得ています。1975年の第22回日本伝統工芸展で初入選して以来、数々の賞を受賞し、2010年には紫綬褒章(しじゅほうしょう)を受章、2014年には重要無形文化財「木工芸」保持者に認定されています。 彼の作品は、イギリスの大英博物館や国内の著名な美術館に収蔵されており、その芸術的価値は国際的にも認められています。 須田氏の仕事は、単に伝統技術を継承するだけでなく、その「技」と「心」を受け継ぎながら、現代的な感覚を取り入れた「総合芸術たる木工芸」へと昇華させている点にあります。 彼は国内外でのワークショップや文化交流にも積極的に参加し、後進の指導にも力を注ぐことで、日本の木工芸の魅力を広く伝え、次世代へと繋ぐ重要な役割を担っています。 彼の作品は、伝統工芸が現代においていかに革新的な表現を生み出しうるかを示す好例であり、現代美術における工芸の位置づけを再考させる影響力を持つと言えるでしょう。