五代 伊藤赤水
NHK日曜美術館50年展に出品された五代 伊藤赤水(ごだい いとう せきすい)の作品「無名異練上花紋鉢(むみょういねりあげかもんばち)」は、佐渡(さど)に伝わる無名異焼(むみょういやき)の伝統的な技法に、作者独自の練上げ(ねりあげ)の表現を加えた、1997年制作の陶器です。この作品は、同年開催された第44回日本伝統工芸展において高松宮記念賞(たかまつのみやきねんしょう)を受賞しており、現在は国(文化庁)に所蔵されています。
五代 伊藤赤水は、1941年に新潟県佐渡郡相川町(現在の佐渡市)で生まれ、本名を窯一(よういち)といいます。1966年に京都工芸繊維大学工芸学部窯業工芸学科を卒業後、祖父である三代赤水に師事し、無名異焼の技術を学びました。1977年に五代赤水を襲名して以降、伝統的な無名異焼の枠にとらわれず、新たな表現を追求してきました。 無名異焼は、江戸時代後期に佐渡金銀山の坑道から産出される、酸化鉄(さんかてつ)を多く含む赤土である無名異土(むみょういど)を用いて始まったとされる伝統工芸です。五代赤水は、この佐渡独自の素材の特性を深く理解し、その可能性を最大限に引き出すことに注力しました。特に、異なる色の粘土を組み合わせる練上げの技法に独自の創意工夫を加え、無名異焼に装飾的な新境地を開いたと評価されています。 「無名異練上花紋鉢」が制作された1997年は、五代赤水にとって重要な転換期であり、練上げの技法による表現が円熟期を迎えていた時期と考えられます。作者は、練上げによる花紋の表現に強いこだわりを持っていたとされており、この作品には、土の持つ自然な色合いと、緻密な計算に基づいた模様の美しさを融合させるという、作者の深い意図が込められていると推測されます。
本作品は、佐渡金銀山から産する無名異土(むみょういど)を主たる素材とする無名異焼の技法と、複数の色の粘土を組み合わせて模様を生み出す練上げの技法が用いられています。 無名異土は酸化鉄を多量に含んだ赤褐色の粘土であり、焼成すると約30%もの高い収縮率によって非常に硬く焼き締まるという特徴があります。その結果、叩くと澄んだ金属音を発するほどの堅牢さを持つ器となります。また、釉薬(ゆうやく)を用いずとも、無名異土本来の深みのある朱色や赤褐色が発色します。 練上げは、異なる色の粘土を何層にも積み重ねたり、あるいは巻き寿司のように組み合わせたりして、その断面に現れる模様を器の表面に活かす陶芸技法です。五代赤水は、この練上げの技法において、無名異土の赤を基調としながら、信楽(しがらき)の淡黄色土や野坂土(のさかど)など、異なる性質を持つ粘土を巧みに練り合わせることで、複雑かつ繊細な花紋(かもん)の模様を生み出しています。異なる粘土の成分の違いによる割れや剥がれを防ぐためには、高度な技術と経験が必要とされます。本作品では、鉢の内側と外側にも同様の模様が現れるように制作されており、練上げ技法の特徴がよく表れています。
「無名異練上花紋鉢」に表現された花紋は、日本の伝統的な美術において、しばしば装飾的な美しさや繁栄を象徴するモチーフとして用いられてきました。特に、五代 伊藤赤水が無名異焼という佐渡の風土に根ざした素材と練上げの技法を融合させることで、土本来の力強さと、自然の生命力や美しさを同時に表現しようとしたと解釈できます。 鉢(はち)という器形は、古来より食生活や祭祀(さいし)、あるいは鑑賞用として人々の生活に密接に関わってきました。本作品のような大ぶりな鉢は、実用性を超えた美術品としての存在感を放ち、その空間に豊かな彩りをもたらすものと考えられます。練上げによる花紋の緻密な構成は、単なる模様ではなく、無名異土の持つ力強い赤色と、他の粘土が織りなす柔らかな色合いとの対比を通じて、生命の循環や自然の恩恵といった深遠なテーマを示唆しているともいえるでしょう。五代赤水は、「佐渡ヶ島」をイメージした作品も制作しており、故郷の土と自然への深い愛着が、花紋という普遍的なモチーフに込められていると推測されます。
五代 伊藤赤水は、日本の陶芸界において伝統と革新を融合させた巨匠として高く評価されています。1977年の五代赤水襲名後、1985年には第8回日本陶芸展で「無名異 練上鉢(むみょういねりあげばち)」により最優秀作品賞・秩父宮賜杯(ちちぶのみやしはい)を受賞し、練上げの技法による独自の表現が一気に評価を高めました。 本作品「無名異練上花紋鉢」は、1997年の第44回日本伝統工芸展で高松宮記念賞を受賞しており、練上げによる花紋の表現が作者の代表的な作風として確立されたことを示す重要な作品です。この受賞は、無名異焼の伝統に新たな美の可能性を示したとして、現代陶芸の世界に大きな影響を与えました。 2003年には、重要無形文化財「無名異焼」の保持者(人間国宝)に認定され、2005年には紫綬褒章(しじゅほうしょう)、2011年には旭日小綬章(きょくじつしょうじゅしょう)を受章するなど、その功績は国内外で高く評価されています。五代赤水の作品は、東京国立近代美術館、英国国立ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館、米国スミソニアン国立博物館、メトロポリタン美術館など、世界各地の著名な美術館に収蔵されており、日本の伝統工芸の価値を世界に知らしめる上で大きな役割を果たしています。 彼の作品、特に練上げによる花紋の表現は、後進の陶芸家たちにも多大な影響を与え、無名異焼の可能性を広げるとともに、現代工芸における表現の多様性を示すものとして、美術史においても重要な位置を占めています。五代赤水は、自身の作品を通じて「佐渡島」という名前を世界に知らしめることを喜びとしており、その作品の根底には佐渡への深い愛着と誇りが流れていると考えられます。