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鋳銅象嵌六方花器

金森映井智

NHK日曜美術館50年展に出品された金森映井智(かなもり えいいち)の「鋳銅象嵌六方花器(ちゅうどうぞうがんろっぽうかき)」は、1976年に制作された銅に象嵌を施した花器です。この作品は現在、石川県立美術館に所蔵されています。作者の卓越した金工技術と現代的な美意識が融合した、高岡の伝統工芸の粋を集めた逸品として高く評価されています。

背景・経緯・意図

金森映井智は1908年(明治41年)に富山県高岡市に生まれ、2001年(平成13年)に93歳で逝去した金工家です。高岡工芸学校(現在の高岡工芸高等学校)で彫金(ちょうきん)を学び、卒業後は金工家・内島市平(うちじま いちへい)に師事しました。彼は伝統的な職人としての道ではなく、芸術家としての道を歩むことを決意し、1933年には帝展(ていてん)に初入選するなど、若くしてその才能を認められました。金森は、花器には具象的な花や植物の意匠(いしょう)は不似合いであるという独自の哲学を持ち、直線や曲線を用いた幾何学的な文様(もんよう)を作品に採用しました。これは、伝統的な美意識に現代的な感覚を融合させ、工芸品を美術品として昇華させようとする彼の意図を強く示しています。

技法や素材

この作品には、主に銅が素材として用いられ、鋳銅(ちゅうどう)と象嵌(ぞうがん)という高度な金工技術が駆使されています。鋳銅は、溶かした金属を型に流し込んで成形する技法であり、金森はこの分野の大家として知られています。特に、蝋型鋳造(ろうがたちゅうぞう)など、多様な鋳造方法を使いこなしたと推測されます。象嵌とは、地金(じがね)の表面を彫り、そこに金や銀など異なる種類の金属をはめ込んで模様を表す装飾技法です。金森は線象嵌(せんぞうがん)や布目象嵌(ぬのめぞうがん)を得意とし、この花器においても、2本から5本の金銀線象嵌を配し、それらの間隔に変化をつけることでリズム感と伸びやかな広がりを表現しています。六方という形態に対して、稜線(りょうせん)の口部や底部をわずかに端反り(はぞり)にすることで、心地よい緊張感を与え、金工作品でありながら硬さを感じさせない計算され尽くした熟練の技が光る作品です。

意味

「鋳銅象嵌六方花器」は、その幾何学的な形態と象嵌の文様によって、特定の物語性や具象的な意味合いではなく、普遍的な美と調和を追求しています。六方(ろっぽう)という名称は、東西南北と天地の六つの方向を指すことがありますが、この花器においては、その安定した構造と多面的な美しさを象徴していると考えられます。金森は、花器としての機能性を保ちつつも、装飾を抑制し、洗練された形態そのものが持つ美しさを最大限に引き出しました。象嵌によって表現された幾何学文様は、自然界の秩序や無限の広がりを暗示し、見る者に静かで深い瞑想(めいそう)的な空間を与えます。素材である銅と金銀の異素材の組み合わせは、互いの色味や質感を引き立て合い、調和の美を表現していると言えるでしょう。

評価や影響

金森映井智の「鋳銅象嵌六方花器」は、1976年の第23回日本伝統工芸展(にほん でんとうこうげいてん)において最高賞である日本工芸会総裁賞(にほんこうげいかいそうさいしょう)を受賞しました。これは彼の金工作家としての地位を確固たるものにした記念碑的な作品です。1989年(平成元年)には、その卓越した彫金技術が評価され、国の重要無形文化財「彫金」の保持者、いわゆる人間国宝(にんげんこくほう)に認定されました。彼は高岡銅器(たかおかどうき)の伝統技術を継承しつつも、現代的な感覚を取り入れた作風を確立し、多くの後進に影響を与えました。特に、彫金と鋳金(ちゅうきん)の技術を融合させた作品群は、日本の金工史において重要な位置を占めています。彼の作品は、伝統工芸の枠を超え、現代美術としての評価も高く、金工における新たな表現の可能性を示したと評価されています。