オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

通俗水滸伝豪傑百八人一個 混江龍李俊

歌川国芳

歌川国芳(うたがわくによし)の描いた「通俗水滸伝豪傑百八人一個 混江龍李俊(つうぞくすいこでんごうけつひゃくはちにんのひとり こんこうりゅうりしゅん)」は、NHK日曜美術館50年展にて展示される、江戸時代後期に制作された大判錦絵(おおばん にしきえ)です。この作品は、中国の長編伝奇小説『水滸伝(すいこでん)』に登場する豪傑の一人、混江龍李俊を題材としており、歌川国芳の代表的な武者絵(むしゃえ)シリーズの一つとして知られています。現在は太田記念美術館(おおたきねんびじゅつかん)に所蔵されています。

背景・経緯・意図

江戸時代後期の日本において、中国の古典小説、特に『水滸伝』は庶民の間で大変な人気を博していました。滝沢馬琴(たきざわばきん)が挿絵を担当した『新編水滸画伝(しんぺんすいこがでん)』をはじめとする翻案(ほんあん)や翻訳が出版され、武勇に優れた梁山泊(りょうざんぱく)の豪傑たちの活躍は多くの人々を魅了しました。歌川国芳は、この人気に着目し、天保元年(1830年)頃から『通俗水滸伝豪傑百八人一個』シリーズの制作を開始しました。当時の幕府は贅沢(ぜいたく)を禁じる倹約令(けんやくれい)を発布し、役者絵(やくしゃえ)や美人画(びじんが)の制作を制限する傾向にありましたが、武者絵は比較的制約が少なく、国芳はこのシリーズを通じて自身の画才を存分に発揮し、一躍人気絵師としての地位を確立しました。このシリーズは、単なる物語の挿絵に留まらず、英雄たちの人間的な魅力や力強さを視覚的に表現することで、当時の人々の抑圧された感情を解放し、共感を呼び起こす意図があったと推測されます。

技法や素材

「通俗水滸伝豪傑百八人一個 混江龍李俊」は、多色摺(たしょくずり)の木版画である大判錦絵として制作されています。大判とは、当時の浮世絵版画(うきよえはんが)における一般的な用紙サイズの一つで、約39cm×26.5cm程度の大きさです。錦絵は、複数の版木(はんぎ)を用いて様々な色彩を重ねて摺り上げる技法であり、精緻(せいち)な表現と豊かな色彩を可能にしました。国芳は、この作品においても、混江龍李俊のたくましい肉体や、荒々しい水の表現、そして肌に刻まれた特徴的な刺青(いれずみ)の文様を、力強くかつ繊細な彫り(ほり)と摺り(すり)で描き出しています。特に、波立つ水しぶきや水中の生物の描写には、卓越したデッサン力と構成力がうかがえ、躍動感あふれる画面を作り出しています。

意味

作品の主題である「混江龍李俊」は、『水滸伝』において、水軍の頭領として活躍する梁山泊の好漢(こうかん)の一人です。彼は水中に潜り、船を転覆させるほどの泳ぎと強さを持つことから「混江龍」の異名(いみょう)を持ちます。作品では、その異名にふさわしく、荒波の中で敵を捕らえるかのような、水中での圧倒的な力強さが表現されています。彼の肉体に彫られた刺青は、江戸時代において、自己のアイデンティティや勇猛さを示す記号として理解されており、単なる装飾以上の意味合いを持っていました。この作品に込められた意味は、既存の秩序に反抗しながらも、義のために戦う英雄たちの姿を通して、当時の社会への不満や、困難に立ち向かう人々の勇気を鼓舞(こぶ)することにあったと考えられます。

評価や影響

歌川国芳の『通俗水滸伝豪傑百八人一個』シリーズは、発表当時から絶大な人気を博し、彼の名を一躍有名にしました。特に、勇猛な武将たちの迫力ある姿や、奇抜(きばつ)な構図、精緻な描写は、当時の人々を熱狂させ、「武者絵の国芳」としての評価を不動のものとしました。このシリーズは、その後の浮世絵師たちにも大きな影響を与え、武者絵というジャンルの隆盛(りゅうせい)を牽引(けんいん)しました。また、国芳の描く英雄たちの姿は、現代においても日本のポップカルチャー、例えば漫画やアニメ、ゲームなどにおけるキャラクター造形にも影響を与え続けていると指摘されることがあります。美術史においては、国芳が浮世絵の表現領域を広げ、単なる風景や美人画にとどまらない多様な主題を開拓した功績として高く評価されており、その作品は、江戸時代の庶民文化と絵画表現の豊かさを現代に伝える貴重な資料となっています。