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支那服を着た妹照子像

岸田劉生

岸田劉生(きしだりゅうせい)の傑作、「支那服を着た妹照子像(しなふくをきたしいもうとてるこぞう)」は、NHK日曜美術館50年展にて展示される貴重な一点です。この作品は、作者の妹・照子(てるこ)をモデルに、1919年から1921年にかけて油彩で描かれ、現在ひろしま美術館に収蔵されています。岸田劉生が追求した、内面性をも表現する写実主義(しゃじつしゅぎ)と、東洋的なモチーフへの関心が融合した、彼の円熟期の代表作の一つとして知られています。

背景・経緯・意図

岸田劉生は、大正時代(たいしょうじだい)の日本美術界を代表する洋画家(ようがか)の一人であり、初期にはドイツ・ルネサンスの巨匠(きょしょう)デューラーやファン・エイクの影響を受け、徹底した細密描写(さいみつびょうしゃ)による写実主義を追求しました。この「支那服を着た妹照子像」が制作された1919年から1921年頃は、彼が主宰した美術グループ草土社(そうどしゃ)の活動を経て、自己の芸術様式を確立した円熟期にあたります。この時期の劉生は、単なる表面的な写実を超え、対象の奥底にある精神性や内面性を捉えようと試みていました。同時に、日本美術の伝統や東洋的な美意識(びいしき)への関心も深めており、伝統的な絵画の主題や様式を探求する中で、こうした異文化の衣装をまとった肖像画(しょうぞうが)も手がけるようになりました。妹・照子という身近な存在を描きながらも、異国情緒あふれる支那服(しなふく)を着せることで、日常の中に非日常的な美を見出そうとする劉生(りゅうせい)の意図がうかがえます。

技法や素材

本作品は油彩(ゆさい)でカンヴァスに描かれており、劉生(りゅうせい)が油彩画(ゆさいが)において到達した卓越した技術が示されています。彼の絵画は、その初期から執拗(しつよう)なまでの細密描写と、厚塗りと薄塗りを使い分けることで生まれる深みのあるマチエール(絵肌)が特徴です。特にこの時期の作品では、対象の質感を克明(こくめい)に再現しながらも、単調にならないよう、光の表現や色彩の微妙な階調(かいちょう)に工夫が見られます。支那服の絹(きぬ)の光沢、刺繍(ししゅう)の緻密(ちみつ)な文様(もんよう)、そして肌の柔らかな質感など、それぞれ異なる素材感が非常に丁寧に描き分けられています。また、全体に落ち着いた色調(しょくちょう)を用いながらも、深みのある色彩を幾重(いくえ)にも塗り重ねることで、絵画全体に静謐(せいひつ)でありながらも力強い存在感を与えています。

意味

「支那服を着た妹照子像」における主要なモチーフの一つである「妹・照子」は、劉生がしばしば描いた家族像の一環(いっかん)であり、身近な人物を通して人間の本質や内面を深く探求しようとする劉生の制作姿勢を示しています。もう一つの重要なモチーフである「支那服」は、当時の日本において東洋的なものへの憧れや異国趣味(いこくしゅみ)の象徴(しょうちょう)であったと考えられます。劉生は単なる異国情緒を描くのではなく、その衣装が持つ歴史的、文化的な背景と、モデルの内面との間に生まれる独特の緊張感や調和を表現しようとしました。支那服の装飾性(そうしょくせい)や色彩が、モデルの持つ静けさや神秘性(しんぴせい)を際立たせ、見る者に単なる肖像画(しょうぞうが)以上の物語性を感じさせます。この作品は、西洋の写実主義と東洋の美意識(びいしき)が交錯(こうさく)する、劉生独自の芸術世界を象徴していると言えるでしょう。

評価や影響

岸田劉生の作品は、発表当時から常に注目を集め、高い評価を受けてきました。初期の細密な写実主義は、当時の洋画壇(ようがだん)に大きな衝撃を与え、その後の日本における洋画の発展に多大な影響を及ぼしました。この「支那服を着た妹照子像」が制作された円熟期(えんじゅくき)の作品群は、彼の芸術が単なる描写を超え、精神性や内面表現にまで踏み込んだことを示しており、後世の画家たちにも大きな示唆(しさ)を与えました。特に、身近な人物を主題としながらも、普遍的な人間像を描き出す手法や、西洋と東洋の美意識を融合させようとする試みは、現代の美術においても高く評価されています。岸田劉生は、日本の近代美術史(きんだいびじゅつし)において、西洋絵画の技法を咀嚼(そしゃく)し、独自の日本的な表現を確立した重要な画家として位置づけられています。