オーディオガイド トップに戻る
0:00
0:00

裸のバルザック

オーギュスト・ロダン

NHK日曜美術館50年展において展示されるオーギュスト・ロダンの「裸のバルザック」は、1896年頃に制作されたブロンズ作品で、静岡県立美術館に収蔵されています。この作品は、文豪オノレ・ド・バルザックを記念して制作された、ロダン畢生(ひっせい)の大作「バルザック記念像」のための習作の一つであり、その制作過程における重要な段階を示すものです。

背景・経緯・意図

この作品の背景には、1891年にフランス文人協会が、偉大な作家オノレ・ド・バルザック(Honoré de Balzac)の記念像制作をロダンに依頼した経緯があります。ロダンは、バルザックの人間性や創造精神の本質を表現しようと試み、従来の記念碑的な肖像彫刻とは一線を画す表現を追求しました。彼はバルザックに関する資料を徹底的に調べ、残された肖像画やデスマスクを研究するだけでなく、バルザックと同じ体型の男性モデルを探し、彼にバルザックが着ていた修道服のようなガウンをまとわせるなど、実物に近い描写を目指したとされています。この「裸のバルザック」は、記念像の最終的な姿に至るまでの、バルザックの肉体そのもの、あるいはその内面性を探求する過程で生まれた多数の習作の一つであり、作者の深い探求心と、対象の本質を捉えようとする強い意図が込められています。彼はバルザックが創作活動に没頭する「思考する肉体」を表現しようとしたと考えられます。

技法や素材

「裸のバルザック」はブロンズを素材としています。ロダンは、粘土による塑像(そぞう)を制作し、それを石膏(せっこう)で型取りした後、ブロンズに鋳造(ちゅうぞう)するという伝統的な技法を用いていました。この作品では、バルザックの肉体が持つ量感や動きが、ブロンズという素材の持つ重厚感と相まって表現されています。表面の仕上げには、ロダン特有の粗々しさが残り、光の当たり方によって陰影が豊かに変化することで、生々しい生命感が与えられています。これは、古典的な磨き上げられた表面とは異なり、作者の感情や制作のプロセスをそのまま作品に刻み込むような、ロダンならではの工夫と言えるでしょう。この裸体像は、最終的な記念像でバルザックがまとっているはずのガウンの下にある肉体、その存在感を浮き彫りにしています。

意味

「裸のバルザック」におけるバルザックの裸体表現は、単なる身体の描写を超え、彼の精神性や創造性、そして人間の本質を象徴していると考えられます。ロダンは、バルザックが着用していたガウンをまとった姿だけでなく、その内にある肉体そのものから、作家の力強さや内面の葛藤、そして人間としての偉大さを探ろうとしました。この裸体は、装飾を排し、人間の根源的な姿を提示することで、バルザックの知性と情熱が宿る器としての肉体を表現していると言えるでしょう。また、ロダンにとって、裸体は人間の魂を映し出す最も直接的な手段であり、着衣によって隠されがちな個人の本質や普遍的な感情を表現する上で不可欠な要素でした。

評価や影響

ロダンの「バルザック記念像」は、その革新的な表現ゆえに、発表当時、文人協会から「肥満体の肉塊」と批判され、激しい論争を巻き起こしました。特に「裸のバルザック」のような習作は、従来の理想化された英雄像とはかけ離れた、生々しい人間の姿を提示しており、当時の保守的な美術界にとっては衝撃的であったと推測されます。しかし、現代においては、この記念像とその習作群は、ロダンが追求した「内面的な真実の表現」として高く評価されており、近代彫刻の傑作の一つとしてその美術史における位置づけは不動のものとなっています。ロダンのバルザック像は、単なる具象彫刻に留まらず、人間の内面を深く掘り下げ、表現することの可能性を広げた点で、後世の彫刻家や芸術家たちに多大な影響を与えました。モダニズム彫刻の先駆けとして、その後の抽象彫刻や表現主義的な作品にも、ロダンのこの挑戦が与えた影響は大きいと考えられます。