オディロン・ルドン
NHK日曜美術館50年展に際し、オディロン・ルドンが1890年に制作したリトグラフ作品《眼をとじて》をご紹介します。この作品は、岐阜県美術館に所蔵されており、画家ルドンの芸術における重要な転換点を示すものとして知られています。
《眼をとじて》は、オディロン・ルドンが50歳を迎える1890年頃に制作されました。この時期は、ルドンが初期の「黒の時代」と称される木炭やリトグラフによるモノクロームの世界から、色彩豊かな油彩やパステルへと表現を移行する、まさに転換期にあたります。 この作風の変化には、ルドン自身の個人的な体験が深く関係していると考えられています。長男ジャンを幼くして亡くすという悲劇を経験した後、1889年に次男アリが誕生したことが、ルドンに大きな幸福感と希望をもたらしました。これにより、これまでの彼の作品に多く見られた、内面世界の不安や孤独、奇怪な幻視といった主題から解放され、より穏やかで精神性の高い世界へと向かうきっかけとなったと推測されます。 ルドンは、象徴主義を代表する画家の一人であり、目に見える現実よりも、夢や無意識、内面的な感情や観念を表現することに重きを置きました。この作品もまた、宗教画から着想を得つつ、彼独自の精神世界を象徴的に描き出そうとする意図が込められています。
本作品は、1890年に制作されたリトグラフ(石版画)であり、紙に刷られています。リトグラフは、石や金属板に油性の画材で描いた図像を、水と油の反発作用を利用して紙に転写する版画技法です。ルドンは、1879年に最初のリトグラフ集を刊行するなど、この技法に熟練していました。 彼の「黒の時代」において、木炭とともにリトグラフは、深い闇と幻想的なイメージを表現するための重要な手段でした。この作品においても、リトグラフ特有の柔らかな階調と深みのある黒が、瞑想的な雰囲気を醸し出していると考えられます。 《眼をとじて》には油彩画のバージョンも存在し、そちらはより豊かな色彩で描かれていますが、リトグラフ版は、その簡素な構図と技法によって、内面への集中と精神性の表現が強調されていると言えるでしょう。
作品に描かれた眼を閉じた女性の頭部は、水平線の上に静かに浮かび上がり、見る者に深い瞑想の世界へと誘います。ルドンにとって「目を閉じる」という行為は、単なる眠りではなく、外界の視覚情報から切り離され、内なる精神世界や無意識の世界を探求するための重要な手段でした。これにより、通常は見えない領域を視覚化しようとしたと考えられます。 この女性の穏やかで安らぎに満ちた表情は、ルドンが長男の死と次男の誕生を経て得た、内面的な平和と希望を反映していると解釈されています。また、画面下部の光を反射する水面のような表現や、油彩版に見られる柔らかな色彩は、画家自身の心に差し込んだ喜びの光や、孤独な過去との決別を示唆しているとも言われます。 性別を特定しにくいユニセックスな印象も指摘されており、特定の個人を超えた普遍的な精神性や魂の姿を象徴しているとも考えられます。ルドンの芸術全体を象徴する作品であり、人間の内面世界、無意識の世界を描こうとする彼の姿勢が凝縮されています。
《眼をとじて》は、ルドンのキャリアにおいて極めて重要な作品として位置づけられています。特に、油彩画のバージョンは、フランス国家によって最初に買い上げられたルドンの作品の一つであり、当時の美術界における本作の評価の高さを物語っています。 この作品は、ルドンが「黒の時代」から「色彩の時代」へと移行する象徴的な作品として広く認識されており、彼のその後の色彩豊かな神話画や花を描いた作品群へと続く道を開きました。 ルドンは、ギュスターヴ・モローと共に象徴主義を代表する画家として、19世紀末の美術に大きな影響を与えました。彼の幻想的で内省的な作品は、後のシュルレアリスムの画家たちからも高く評価され、アンドレ・ブルトンはルドンをシュルレアリスムの先駆者と称しています。 岐阜県美術館は、この《眼をとじて》を含む、ルドンの作品を250点以上所蔵しており、世界的に見ても重要なルドン・コレクションとして、その美術史における位置づけの重要性を示しています。