下村観山
下村観山展にて展示される作品「辻説法」についてご紹介します。
この作品は、日本画家・下村観山が19歳であった1892年(明治25年)に制作されました。観山は当時、東京美術学校(現在の東京藝術大学)の第一期生として学んでおり、この作品は同校の校友会第3回常会に出品され、優等賞を受賞しています。 制作にあたり、観山は「一遍上人絵伝」などの古典的な絵巻物を数多く模写し研究を重ねました。そこから得たモチーフを転用し組み合わせることで、独自の表現を追求しています。狩野派の筆法に加え、やまと絵の線や色彩の研究にも励み、その成果が本作にも見て取れます。若き日の作品ゆえの硬さも指摘されますが、本格的な群像表現に取り組む青年画家の意気込みが強く感じられる一作です。
「辻説法」は、紙本着色(しほんちゃくしょく)の技法で描かれており、額装されています。サイズは縦44.7cm、横62.8cmです。群衆の一人ひとりの表情や仕草が丁寧に描き分けられ、活気ある場面が表現されています。
この作品は、日蓮宗の開祖である日蓮が、辻(路上)で法華経の教えを説く「辻説法」の様子を描いています。画面左側の群衆の中心にいるのが日蓮で、彼は他の仏教宗派を強く批判したため、多くの反感を買い、時には暴力を受けながらも布教を続けたと伝えられています。作品では、日蓮があざ笑う人々に取り囲まれ、少し離れた場所には刀を抜こうとする人物も描かれており、当時の緊迫した状況が鮮やかに描写されています。説法をする日蓮と、それを取り巻く人々の複雑な感情や雰囲気が、明るい色彩と確かな筆致によって伝えられています。
「辻説法」は、下村観山が東京美術学校在学中に高い評価を受けた作品であり、その才能を早くから示すものとなりました。この初期の作品は、観山の後の芸術的発展において重要な位置を占めています。古典から学んだ要素を巧みに取り入れ、独自の構図へと昇華させた群像表現は、その後の観山の作品に見られる、生き生きとした人物描写や物語性の基礎となっています。また、観山が西洋の技法を日本画に取り入れ、東西融合を試みるその後の制作の方向性を示唆する作品としても評価されています。現在、横浜美術館に所蔵されており、同館で開催された「下村観山展」でも展示されました.。