下村観山
下村観山作「鵜」は、1912年(明治45年)に制作され、東京国立博物館に所蔵されている六曲一双の屏風作品です。この作品は、日本画家・下村観山が、明治44年(1911年)9月に38歳の若さで亡くなった学友、菱田春草(ひしだしゅんそう)の追悼展のために制作し、翌年の追悼展に出品されました。
作品の背景には、亡き友への深い哀悼の念が込められています。右隻には崖の上で両翼を大きく広げて鳴く一羽の鵜が描かれ、これは観山自身を表すとされています。一方、左隻には無限の空間へと飛び去っていく小さい鳥が一羽描かれており、これは亡くなった菱田春草を象徴しています。観山は、この作品を通して、亡き友春草に対する悲痛な哀悼の辞を表現しました。また、生前、春草が観山の作品に対して「技巧に長けているが創意が足りない」と評したことがあり、この作品は、その友の忠告に応え、新しい空間表現を創造しようとする観山の姿勢が示されているとも解釈されています。
本作は、紙本金地着色という素材が用いられ、大きさは169.1×363.6センチメートルの大画面に描かれています。観山は狩野派、やまと絵、琳派、中国絵画、そして西洋絵画まで、東西の伝統的な絵画表現を徹底的に学び、自由自在に筆を操る技量を持ち合わせていました。この作品では、余分な装飾を排し、悲しみの感情表現に特化することで、鮮やかで新しい空間の創造が実現されたと評価されています。
「鵜」は、その表現力と込められた意味合いから、観山芸術の到達点の一つとして、また近代日本画における重要な追悼作品として高い評価を受けています。