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馬図

下村観山

下村観山作 《馬図》 作品紹介

この度ご紹介いたしますのは、近代日本画の巨匠、下村観山が1903年から1905年にかけて制作し、現在大英博物館に所蔵されている作品《馬図》です。

制作背景・経緯・意図

下村観山は、1903年(明治36年)に文部省派遣留学生としてイギリスに渡り、約2年間ロンドンを中心に滞在しました。この留学の主な目的は、西洋絵画の色彩を研究し、特に水彩画を通して日本画の持つ表現の可能性を広げることにありました。当時の日本画壇は、西洋絵画の流入によって近代化の波に揺れ、新しい表現方法が模索されていました。観山は、この留学中に大英博物館やナショナル・ギャラリーなどで古画の模写を行い、ラファエロの作品を水彩で模写するなど、西洋の技法を深く研究しました。

《馬図》は、このイギリス滞在中に制作された作品の一つであり、観山と親交を深めたイギリスの小説家で東洋美術研究家であったアーサー・モリソンに贈られたものです。この時期の作品には、海外での経験を通じて観山が考えた「日本画のあり方」が色濃く反映されています。観山は西洋の色彩表現を学びながらも、日本の伝統的な画材を用いた表現の方向性や可能性を追求し、東西の美を融合させた新しい日本画の創出を目指していました。

技法・素材

観山は幼少期から狩野派の伝統的な描法を身につけ、その後、東京美術学校(現・東京藝術大学)で狩野派の筆法を学び直し、やまと絵の線や色彩の研究にも没頭しました。彼の作品には、伝統的な「彫り塗り」や「付け立て」といった描線を塗りつぶさない彩色方法や、輪郭線を用いずに立体感を表す技法が見られます。

《馬図》の制作年が留学中であることから、この作品には西洋絵画で学んだ色彩感覚や、空気感、光線の表現といった要素が取り入れられていると考えられます。具体的には、水彩を用いた柔らかな明暗表現や、伝統的な日本画の画材である絹や紙への着彩において、西洋の色彩理論が応用された可能性が高いです。彼の作品は、濃厚な油彩のような顕著な陰影表現とは異なるものの、写実的な描写に西洋的な要素が融合された特徴を持っています.

意味

下村観山のイギリス留学は、彼にとって日本の伝統絵画への回帰を促す契機ともなりました。西洋画を習得した上で、初めて日本画と西洋画双方を研究した結果を作品に表そうとしたのです。《馬図》を含むこの時期の作品群は、伝統を尊重しつつも、国際的な視点から日本画の新たな表現を模索した観山の姿勢を示しています。

彼の作品は、琳派の大胆な意匠と装飾性、やまと絵の技巧に加え、西洋の色彩感覚が融合されており、観山が近代日本画の革新に貢献しようとした強い意図が込められています。この《馬図》もまた、日本の絵画が世界の中でどのようにあるべきかを模索した、当時の観山の思想を体現する作品と言えるでしょう。

評価・影響

観山は、横山大観や菱田春草らと共に日本美術院の創設に加わり、明治期の日本画を牽引する存在の一人でした。彼のイギリス留学時代の作品は、従来の日本画とは一味違う雰囲気を持つと評され、全体的に暗い色調の中に遠近感が表現されるなど、西洋絵画の影響が指摘されています。

《馬図》が大英博物館に所蔵されていること自体が、観山作品の国際的な評価と、当時の日本美術が海外でどのように受容されたかを示す重要な事例です。ローレンス・ビニヨンやアーサー・モリソンのように、当時の英国の美術研究家は観山の古典回帰と高度な伝統技法による西洋画とのハイブリッドを高く評価していました。彼の幅広い古典研究の成果と、西洋画の要素を取り入れた画風は、日本美術院の第二世代の画家たちにも大きな影響を与え、近代日本画の発展に寄与しました。

《馬図》は、下村観山が日本の伝統と西洋の革新を融合させ、新たな日本画の道を切り開こうとした、その探求の過程を示す貴重な作品として、現在も高く評価されています。