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修羅道絵巻

下村観山

下村観山が描く「修羅道絵巻」―近代日本画の転換点を示す傑作

下村観山(しもむらかんざん)の代表作の一つ「修羅道絵巻(しゅらどうえまき)」は、1900年(明治33年)に観山が27歳の時に制作され、現在、東京国立博物館に所蔵されています。この作品は、日本の大和絵研究に基づき、近代日本画の新たな方向性を示す重要な作品として位置づけられています。

制作背景と意図

本作品は、仏教に説かれる「六道(ろくどう)」の一つ、阿修羅(あしゅら)の住む世界である修羅道を描いています。仏教における修羅道は、猜疑(さいぎ)や嫉妬(しっと)、執着心によって醜い争いを続ける人間の姿を風刺していると解釈されます。絵巻には、剣戟(けんげき)が交わり、互いに血を流して殺戮(さつりく)し合う凄惨(せいさん)で悲痛な戦場のような世界が表現されており、修羅の憍慢(きょうまん)で執着の強い「修羅の妄執(もうしゅう)」という概念も示唆されています。観山は、この作品を通じて古絵巻の研究成果を集約し、当時の日本画における伝統的な画題に近代的な表現を試みました。

技法と素材

「修羅道絵巻」には、色彩によって空間を処理する「没線描法(もっせんびょうほう)」という技法が用いられています。これは、線ではなく色彩の濃淡で形や空間を表現する手法で、輪郭線を曖昧に描くことから「朦朧体(もうろうたい)」とも呼ばれました。この技法は、岡倉天心(おかくらてんしん)の指導のもと、横山大観(よこやまたいかん)や菱田春草(ひしだしゅんそう)らとともに観山も積極的に試みたもので、当時の日本画壇に大きな影響を与えました。素材は紙本着色(しほんちゃくしょく)で、縦45.2センチメートル、長さ969.6センチメートルの一巻の絵巻として制作されています。日本画らしい濃淡による柔らかい表現が特徴です。

評価と影響

「修羅道絵巻」は、観山の若き日の完成度の高い近代絵巻として高く評価されています。洋画の陰影法や色彩感覚を取り入れつつ、大和絵の研究に基づく表現を融合させたこの作品は、近代日本画の新たな方向性を暗示するものでした。観山の「超絶筆技(ちょうぜつひつぎ)」と称される繊細な筆致は、狩野派、大和絵、琳派(りんぱ)、中国絵画、そして西洋絵画といった東西の伝統的な絵画表現を徹底的に学び、自在に筆を操った観山ならではのものであり、その技術は今もなお他の追随を許さないと評されています。この作品は、観山が明治という新時代にふさわしい絵画を切り拓こうとした、ひたむきな姿勢を示す傑作の一つといえるでしょう。