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仏誕

下村観山

下村観山作「仏誕」についてご紹介します。

下村観山(しもむらかんざん)の作品「仏誕」は、1896年(明治29年)に制作され、東京藝術大学に所蔵されています。この作品は、同年開催された日本絵画協会第1回絵画共進会に出品され、銀牌を受賞しました。

制作背景と意図

「仏誕」が制作された明治29年当時、日本の美術界では、東京美術学校校長であった岡倉天心(おかくらてんしん)が仏伝主題画の振興を目指していました。天心は、従来の仏像表現が「禅定に入りし一姿勢のみ」に限定され、「仏陀の多端ナル生涯を美術的ニ観察」できていないことを「仏教的美術ノ一大欠点」と捉え、仏伝画の懸賞募集を行うなど、新たな表現を奨励していました。下村観山は東京美術学校の第一期生であり、卒業と同時に助教授に就任していました。この作品は、岡倉天心の指導のもと、仏教美術の調査研究を当時の新しい絵画表現と結びつけようとした試みの一つであると考えられます。明治30年前後には仏伝主題画が増加する傾向にあり、これは歴史画題の領域拡張、国内外の仏教研究の進展、インドを巡る情報の増加、そして日本美術の源流としてのインド美術の評価が高まったことが背景にありました。

技法と素材

「仏誕」は、絹本著色掛幅装(けんぽんちゃくしょくかけふくそう)の作品です。寸法は縦202.3cm、横143.0cmです。観山は東京美術学校で、やまと絵の研究に熱心に取り組み、調和を重んじた穏やかな色彩と流麗な線描を探求していました。本作では、釈迦が右手を挙げ、左手を垂下し、獅子上の蓮華座に立つ姿が描かれています。周囲には五体の諸尊が配され、画面上部には華蓋(はながさ)、左下には草花が描かれています。特に注目されるのは、日本美術では稀な印相(いんそう)である「触地印(そくちいん)」が用いられている点です。これは当時のインド仏蹟の調査研究や写真資料から影響を受けたものであり、明治後期の日本画においてこの印相が一般化するきっかけの一つになったと指摘されています。

作品が持つ意味

この作品は、釈迦の誕生という仏伝の重要な場面を画題としています。岡倉天心が目指した「仏陀の多端なる生涯を美術的に観察する」という新しい仏教美術の方向性を示すものとして位置づけられます。また、インド美術の受容と仏教美術の調査研究が、当時の日本画の絵画表現に影響を与えたことを示唆する作品でもあります。

評価と影響

「仏誕」は、日本絵画協会第1回絵画共進会で銀牌を受賞したことからも、その芸術性が高く評価されていたことがわかります。この作品は、明治後期の日本画における仏教主題画の隆盛において、先駆的な役割を果たした重要な作品の一つとされています。特に、それまで日本美術ではあまり見られなかった「触地印」を用いたことは、当時の仏教美術研究の成果を絵画表現に取り入れた革新的な試みであり、後の日本画に影響を与えました。下村観山は、自身の高い技術に満足することなく、多くの絵画技法の研究を重ね、常に新しい表現を追求する画家であったと評されています。彼の作風は、やまと絵と琳派の要素を見事に調和させ、深い精神性と古典的な格調を兼ね備えていると評価されています。