サッシャ・ギトリ (Sacha GUITRY)
「モネ没後100年 クロード・モネ ー風景への問いかけ」展に展示されるサッシャ・ギトリによる作品「クロード・モネ」は、印象派の巨匠の晩年の姿を捉えた貴重な一枚です。本作品はゼラチン・シルバー・プリントDOP(Developing-Out Paper)として制作され、11.7 × 16.4cmのサイズで展示されます。
本作品は、フランスの劇作家、俳優、映画監督であったサッシャ・ギトリ(Sacha Guitry, 1885-1957)が、1915年頃に印象派の画家クロード・モネ(Claude Monet, 1840-1926)を撮影した写真です。ギトリは、同年制作した無声映画『我らの人々(Ceux de chez nous)』の中で、当時のフランスを代表する芸術家たちを記録しており、その一環としてモネも被写体となりました。この映画は、第一次世界大戦中にフランスの文化的な豊かさを国内外に示す愛国的な意図も持っていました。ギトリとモネは友人関係にあり、ギトリはジヴェルニーにあるモネの自宅を訪れて撮影を行いました。当時74歳だったモネは、最愛の妻アリスを亡くし、長男の死や自身の白内障の診断など、個人的な困難に直面していましたが、創作活動は続けていました。本作品は、そのような時期に、ギトリが画家として生きるモネの姿を記録しようとした意図が込められています。
本作品は「ゼラチン・シルバー・プリントDOP」という技法で制作されています。ゼラチン・シルバー・プリントは、1880年代半ばに発明され、現在でも写真作品の制作に用いられる伝統的なモノクロ写真の印画技法です。ゼラチンに臭化銀などの感光性物質を混ぜた乳剤を紙に塗布して作られ、暗室で露光した後、現像液に浸すことで画像が形成されます。この技法は、小さなネガフィルムからの引き伸ばしを容易にし、20世紀前半にかけてモノクロ写真の普及に大きく貢献しました。DOP(Developing-Out Paper)は、露光後に化学的な現像処理を行うことで画像を定着させる方式を指し、現代の銀塩写真の基本的なプロセスです。この技法は、画像の安定性と豊かな階調表現を可能にし、作品に時代を超えた普遍的な質感を与えています。
この作品「クロード・モネ」は、いくつかの重要な意味を持っています。第一に、クロード・モネという印象派の巨匠の晩年の姿を捉えた貴重な記録です。特に、モネが睡蓮の池をはじめとするジヴェルニーの庭で制作に没頭していた時期の写真資料は稀であり、本作品は彼の日常と創作環境を示す視覚資料として極めて重要です。第二に、異なる芸術分野の交流を示すものです。映画監督であるギトリが画家モネを撮影したという事実は、当時の芸術家たちのネットワークと、写真や映画といった新しいメディアが伝統的な絵画をどのように記録し、また取り込もうとしたかを示唆しています。第三に、本作品はモネの人間性とその芸術観に迫る視点を提供します。葉巻をくわえ、カンヴァスに向かうモネの姿は、彼が自身の芸術に生涯を捧げた証であり、本展のテーマである「風景への問いかけ」という視点において、風景を創造する画家の「内的風景」をも示唆するものです。
サッシャ・ギトリによるモネの写真は、モネ研究における貴重な視覚資料として高く評価されています。特に、モネが絵画制作に臨む姿を記録した数少ない写真の一つとして、彼の制作過程やインスピレーションの源泉を探る上で欠かせないものとなっています。ギトリの『我らの人々』は、フランス文化の精華を記録した先駆的なドキュメンタリー映画として、当時の文化人たちの姿を後世に伝える重要な役割を果たしました。この写真に写し出されたモネの姿は、芸術家が自身の環境といかに深く結びつき、そこからインスピレーションを得ていたかを雄弁に物語っており、その後の美術史や写真史における芸術家の肖像写真にも影響を与えたと考えられます。