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水面に映る樹木 (Reflection of Trees in the Water)

エティエンヌ・クレマンテル (Étienne CLÉMENTEL)

「モネ没後100年 クロード・モネ ー風景への問いかけ」展にて紹介されるエティエンヌ・クレマンテルによる作品「水面に映る樹木」は、初期のカラー写真技術であるオートクロームを用いて制作されました。

制作背景・経緯・意図

エティエンヌ・クレマンテル(1864-1936)は、フランスの著名な政治家として活躍する傍ら、熱心な芸術愛好家であり、自身も画家として活動していました。彼は美術品収集家であり、同時代の芸術家たちのパトロンでもありました。特に印象派の画家たちに深い親交を持ち、クロード・モネとは親しい友人関係にありました。クレマンテルの芸術的感性は、彼のオートクローム作品にも色濃く表れており、単なるアマチュア写真家とは一線を画していました。

彼は初期のカラー写真であるステレオスコピック・オートクロームを探求し、自身の作品を通じて鑑賞者の現実認識に問いかけることを意図していました。クレマンテルの作品は、芸術と記録写真の境界に位置づけられ、家族や休暇の情景を撮影することが多かった一方で、特に繊細な色彩と抽象性を持つ風景写真において優れた手腕を発揮しました。

本作品「水面に映る樹木」は、水面に映る像という主題から、光と色彩の変化を捉える印象派絵画、特にモネの連作「睡蓮」との精神的な繋がりを感じさせます。今回の展示会「モネ没後100年 クロード・モネ ー風景への問いかけ」では、モネの風景画の探求と、同時代の絵画や写真、浮世絵などがどのように関連していたかを探ることを目的としており、クレマンテルのオートクローム作品は、当時の写真が風景表現にいかにアプローチしたかを示す重要な役割を担っています。

技法・素材

「水面に映る樹木」は、1903年にフランスのリュミエール兄弟が特許を取得し、1907年に商業化された世界初の本格的なカラー写真技法であるオートクローム・リュミエールを用いて制作されました。この技法は、減法混色ではなく加法混色に基づいています。

オートクローム乾板は、ガラス板の片面に、赤橙色、緑、青紫に染められた微細なジャガイモのデンプン粒がモザイク状に敷き詰められており、これらがカラーフィルターとして機能します。デンプン粒の隙間はカーボンブラックで埋められ、その上に感光性のあるパンクロマチック乳剤が塗布されています。撮影時には、ガラス面を被写体に向けて露光し、光はまずデンプン粒のフィルター層を通過してから乳剤に到達します。また、紫外線などを遮断し、青・紫の光の影響を抑えるために、カメラに特殊なオレンジイエローのフィルターを使用することが一般的でした。露光後、反転現像処理を施すことで、カラーのポジ画像が得られます。完成した画像を透過光で見ることで、各銀画像が対応する色付きデンプン粒を通して光を透過させ、元の色彩が再現される仕組みです。

クレマンテルは特に、4.4 x 10.7 cm(本作品の4.5 x 10.5 cmとほぼ同サイズ)という小型のステレオスコピック(立体視)オートクローム乾板を、リチャード社製のヴェラスコープカメラで使用していました。これにより、色彩だけでなく、透過光を通して立体的な視覚効果も生み出すことが可能でした。作品詳細にある「モダン・プリント」という表記は、オリジナルのオートクローム乾板が持つ繊細さや特殊な鑑賞方法(透過光や立体視)を考慮し、現代の技術で慎重に複製・プリントされたものであることを示唆しています。

意味合い

「水面に映る樹木」は、水面に揺らぐ樹木の姿を通じて、現実と幻影の間の曖昧な境界を表現しています。オートクロームの柔らかな色彩と独特の質感は、水面の反射が持つ詩的な美しさを強調し、被写体の具象性を保ちつつも、見る者に抽象的な印象を与えます。ステレオスコピック技法の使用は、この風景に奥行きと臨場感をもたらし、単なる平面的な記録を超えて、自然の存在感をより深く感じさせる試みであったと言えるでしょう。

クレマンテルの作品は、印象派の画家たちが探求した光の移ろいや大気表現に、写真という新しいメディアで応えようとした意図を読み取ることができます。モネが睡蓮の連作で水面の表情を描き続けたように、クレマンテルもまた、水辺の風景を捉えることで、視覚の多義性や時間の経過を表現しようとしたのかもしれません。

評価・影響

オートクロームは、1907年の発売以来、1930年代半ばに減法混色のカラーフィルムが登場するまで、主要なカラー写真プロセスとして広く用いられました。その高いコストや複製が難しいという課題はあったものの、一部のフォト・セセッションの写真家や富裕なアマチュア写真家、そしてジャック=アンリ・ラルティーグのような芸術家たちに愛用されました。フランスの銀行家アルベール・カーンが世界各地で72,000枚ものオートクロームを撮影させ、20世紀初頭の世界を記録した貴重な資料として残していることからも、その歴史的価値の高さが伺えます。

エティエンヌ・クレマンテルのオートクローム作品群は、彼の芸術的感性によって「他のアマチュアとは一線を画す」と評され、その繊細な色彩と抽象性への志向は特に評価されています。彼の作品はオルセー美術館やロダン美術館に所蔵されており、1994年にはオルセー美術館でクレマンテルのオートクロームに焦点を当てた展覧会が開催されました。

「水面に映る樹木」が今回の「モネ没後100年 クロード・モネ ー風景への問いかけ」展に選ばれたことは、この作品が単なる歴史的記録に留まらず、モネの風景画の探求と並行する形で、20世紀初頭における光と色彩、そして風景表現への写真家からの「問いかけ」として、現代においても重要な意味を持つことを示しています。この作品は、黎明期のカラー写真が芸術表現としていかに深遠な可能性を秘めていたかを示す貴重な事例として、美術史的にも高く評価されています。