エティエンヌ・クレマンテル (Étienne CLÉMENTEL)
「モネ没後100年 クロード・モネ ー風景への問いかけ」展に際し、エティエンヌ・クレマンテルによる作品《睡蓮、ジヴェルニーの庭》をご紹介します。
本作は、フランスの政治家でありながら美術愛好家、芸術のパトロン、そしてアマチュア写真家でもあったエティエンヌ・クレマンテル(1864-1936)が、親交の深かった画家クロード・モネをジヴェルニーの自宅兼庭園に訪ねた際、1920年頃に撮影したものです。クレマンテルは印象派の画家たち、特にモネの芸術性に深く影響を受けており、その感性が自身の写真表現にも表れています。彼は、モネが晩年を過ごし、数百点に及ぶ「睡蓮」の連作を生み出したジヴェルニーの庭園、特に睡蓮の池に焦点を当て、その自然な色彩と光の移ろいを写真に収めようとしました。作品は、モネと彼の庭園との間にあった深い精神的な繋がりを捉え、モネの絵画に見られる温かく溶け合うような色彩感覚や構図、そして移ろいゆく光の表現を写真という媒体で再現しようとする意図を持って制作されました。クレマンテルのオートクロームは、芸術と記録の境界に位置し、鑑賞者に対し、現実の認識を問いかける作品でもあります。
この作品には、1920年頃に撮影されたオートクローム(モダン・プリント)が用いられています。オートクロームは、フランスのリュミエール兄弟が1903年に特許を取得し、1907年に市販を開始した世界初の本格的なカラー写真技法です。
その仕組みは、赤・緑・青の三原色に染色されたミクロンサイズのジャガイモ澱粉の微粒子をガラス板上に均一に敷き詰め、その上をワニスとパンクロマチック乳剤で覆って原板とするものです。 撮影はガラス面を被写体に向けて行われ、反転現像処理を施すことでカラーのポジ画像が得られます。 オートクロームは、現代のディスプレイ技術と同じ加法混色の原理に基づいて色を再現し、撮影した瞬間に色そのものが記録される画期的な技術でした。
クレマンテルは、特にステレオスコピック・オートクローム(立体視オートクローム)を好んで使用し、小型の「リチャード・ヴェラスコープ」カメラで撮影しました。 これにより、色彩だけでなく奥行きも再現され、専用のビューアーで見ると立体的な視覚体験が得られました。本作のサイズは4.5 x 10.5cmで、これは彼が使用したステレオスコピック・プレートの一般的な寸法と一致します。 なお、「モダン・プリント」とは、当時のガラス原板であるオートクロームから、現代の技術を用いて新たにプリントされたものを指すと推測されます。
《睡蓮、ジヴェルニーの庭》は、モネが自ら設計し、その芸術の中心となったジヴェルニーの庭園の姿をカラーで捉えた貴重な記録です。 1920年頃というモネの晩年近くの時期に撮影されたこれらの写真は、印象派の巨匠が「睡蓮」の連作に没頭していた頃の庭の様子や、モネ自身の姿を鮮やかな色彩で現代に伝えます。
また、本作品は、初期のカラー写真技術であるオートクロームの可能性を示すものでもあります。白黒写真が主流であった時代に、自然の色彩を捉えようとしたクレマンテルの試みは、写真史におけるカラー写真の発展の重要な一歩となりました。彼の作品は、光の移ろいを追求した印象派絵画と、その光を記録しようとするカラー写真との間の対話を象徴していると言えるでしょう。
エティエンヌ・クレマンテルのオートクロームは、その芸術的な感性によって他のアマチュア写真家の作品とは一線を画していました。 彼の作品は、繊細な色彩と抽象性への傾向を示し、ルノワールやボナールの絵画を彷彿とさせるような印象派的な美学を写真で表現することに成功しています。 モネの色彩感覚や構図、光の捉え方を写真に転写したクレマンテルの技量は高く評価されています。
オートクロームは、当時のカラー写真としては高価で複製が困難、かつ撮影手順も複雑であったため、一部の裕福なアマチュア写真家やピクトリアリズムの写真家によって主に用いられました。 しかし、イーストマン・コダック社のコダクロームが登場する1930年代半ばまでは、主要なカラー写真技法の一つとしてその地位を保ちました。
クレマンテルの手によるジヴェルニーのオートクロームは、モネの没後100年を記念する展覧会「クロード・モネ ー風景への問いかけ」において、「写真の部屋」として特集されるなど、その歴史的、芸術的価値が再認識されています。 これらの作品は、単なる記録写真にとどまらず、印象派の画家が追求した光と色彩の世界を、初期のカラー写真がいかに捉えようとしたかを示す貴重な資料として、後世に大きな影響を与えています。